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文献番号 2013WLJCC003
青山学院大学法務研究科(法科大学院)教授※2
弁護士法人 早稲田大学リーガル・クリニック 弁護士※3
浜辺陽一郎
1. この事案の背景事情
今回取り上げる裁判例は、非公開会社の段階で起きた法律問題を取り扱うものである。非公開会社であっても、その事業が順調に発展し、いよいよ上場間近となったとき、いろいろと複雑で微妙な利害対立が生じうる。
閉鎖的な会社にとどまっている限りは、株主の数も少なく、仲間同士で合意さえできれば、比較的自由度が高い。そのため、リーガルチェックが不十分なものとなりがちかもしれない。しかし、公開会社となって株主の数が増え、さらに株式を上場するとなれば、規制も厳しくなるから、創業者株主をはじめ経営者といえども勝手なことは許されない。
ただ、創業者たちは、上場によって会社を成功に導いたことによる利益を最大限に得ようと考えるのが通常であり、その権利があるはずだと考える。その場合に、どのような資本政策を取るかは、極めてデリケートな問題だ。何が許され、何が許されないのか。場合によっては、そこで意見の対立が生じて、仲間割れが起きる恐れもある。
私もそうした上場間際の会社における資本政策を巡る仲間同士の対立がトラブルになった訴訟事件に携わったことがある(東京地判平成23年1月19日金商1383号51頁。会社の株式売買契約が公序良俗に反して無効とされ、投資事業組合の理事に善管注意義務違反があるとして損害賠償義務を負うとされた事例※4。)。
会社の持分割合ないし株式をどの程度保有するかは、その後の上場によって、どれだけの経済的な利益を得られるかを大きく左右するだけに、相当に慎重な対応が求められると考えた方がいい。今回紹介する事件も、上場の前段階における利害対立が訴訟事件にまでなったケースの一つといえよう。
2. 事件の概要~前段(自己株式処分に係る問題)と後段(新株発行に係る問題)
事件の原告は、後から会社の株主になった者であり、会社の上場のために貢献して上場利益を得た役員らを訴えた株主代表訴訟の事案である。事件の内容は、自己株式の処分に係る前段と、新株発行が問題とされた後段に分けることができる。
前段は、平成15年11月頃に、会社の代表者に自己株式を1株1500円で譲渡したものに関する問題で、後段は、平成16年3月頃に、経営幹部らの一部をも割当先とする第三者割当方法により1株1500円の発行価額で新株発行を行ったことを巡る争いであった。会社自体が上場したのは、これらの取引がなされた後の平成19年2月14日であった。一株の金額は同じであったが、前段よりも後段の方が、上場時期に近いことから、より慎重さが求められる時期であったという面もあろう。
原告は、それらの役員らによる自己株式処分や新株発行が、いずれも著しく不公正な価額により行われ、有利発行に関して必要な手続を経ていない法令違反等があるとして、取締役らに対して本来の公正価額との差額を会社に賠償するように求めた。
3. 地裁判決と高裁判決の結論は同じ
一審判決は、後段について原告の請求を一部認容したことから、原告・被告双方とも控訴し、原告は請求の範囲を拡張までしたが、いずれの主張も認められず、一審判決通りの控訴棄却となったのが、今回紹介する裁判例である。
この事件では、会社も補助参加人として、役員側に味方して防御活動に加わっている。裁判所は、前段については違法性を否定したが、ほんの少し上場時期により近い時点で起きた後段の事件については一部に法令違反を認めたところが注目される。
<前段は役員勝訴>
まず、前段から見てみよう。争点となったのは、一部役員への自己株式処分(以下「本件自己株式処分」という。)の価額が公正な価額で行われたか否かであった。裁判所は、一審・控訴審ともに、株価の認定を柔軟に行うことを許容した。特に、控訴審では、若干の理由づけの補足が行われ、非上場会社の自己株式が処分された場合の価額の算定に当たっては、自己株式処分に関する規制の趣旨、目的を踏まえつつ、同処分が行われた経緯、目的、数量、会社の財務状況等の諸般の事情を考慮して判断するのが相当だと指摘している。その上で、①会社の株式は、役員や社員持株会等の関係者の間で、1株当たり1500円で取引されてきた経緯、②本件自己株式処分は、実質的には会社が同族会社の認定を受けることを回避するために役員から取得した株式の買戻しにすぎない事実、③その取得から処分まで1年程度しか経過していない事実などを根拠に、本件自己株式処分における公正な価格としては、会社の取得時における取得価格と同額の1株当たり1500円とするのが相当であるとして、前段における会社の取扱いを適法だと判断した。
<後段は役員一部敗訴>
これに対して、後段の役員への新株発行(以下「本件新株発行」という。)については、新株発行価額が著しく不公正な価額であるといえ、また、有利発行に関する株主総会特別決議を経ていないことなどから、取締役らには法令違反を行ったことにつき過失があるとして賠償責任を認めた。
原告が主張した損害額は、公正な価額であると主張する金額(1株3万2254円)から実際に取引された金額(1株1500円)を控除して算出した金額である差額の合計22億5171万5618円とその遅延損害金を求めたが、会社に対して2億2000万円及びこれに対する一定の遅延損害金の支払いを命ずるにとどまり、その余の請求は棄却された。
本件新株発行で、会社の株式は、①少なくとも、平成12年5月時点で1株当たり1万円程度、②平成18年3月時点で1株当たり9000円程度の株式価値を有していたといえると判断し、③本件新株発行が行われた平成16年3月当時の株式価値は、平成12年5月時点の株式価値を大きく下回ることはないとみるのが相当であること、④本件新株発行の段階では鑑定が実施されておらず、④平成16年3月時点の株式価値の算定を行うのに必要な数値を確定することができないから、次善の方法としてGPC意見が平成14年度の実績値を基礎として算出したDCF法による評価額に一定の修正を施すと、平成16年3月時点の株式価値は1株当たり7897円ないし7113円と算出されることが認められること等を指摘して、本件新株発行における公正な価額は少なくとも1株当たり7000円を下回らないとの結論を導いた。
本件新株発行が行われた当時の会社の株式価値については、第三者割当の方法による新株発行に関する規制の趣旨、目的に照らすと、その株式価値の判断に当たっては、新株発行時における旧株式の客観的な交換価値を基準とすべきであり、非上場会社では新株発行当時の会社の資産や収益の状況等の諸般の事情を考慮して事案に相応しい方法によって判断するのが相当であるとも指摘している。
4. 前段と後段の違いは何故か?
この事件の判決は、特に目新しい法理を示したものではなく、非上場会社の株価をどう評価するかという典型的な問題をどう処理するかを示した一つの事例を加えるものである。特徴としては、本件自己株式処分と本件新株発行の時期が近接していながら、結論が異なっている点であり、これが本裁判例を批判的に検討する際の一つの問題点となろう。
しかし、私見を述べれば、本判決に特に違和感はない。前段の判断は、実質的に買戻しと目すべきことから、株式価値の客観的な評価から切り離して特殊な事情を考慮している。それに対して、後段では客観的な株式の交換価値を重視しており、その上場が近いことを加味して厳正な取り扱いを求めているようにも見受けられる。価格算定では考慮すべき事項が異なることは、この種の事案の解決においては合理的な解決を導くためには必要だと考えられる。
一審の判例評釈には、「独自の鑑定を求めず、当事者から出ていた意見書の手法を認めながらも、その具体的数値を、弁論の全趣旨から入れ替えるという、いわば非訟事件との中間的な解決をしている点」について、「異例な解決」ではないかとの疑問を呈するものもある(山田剛志「非上場会社における有利発行が法令違反として任務懈怠となるか」判評649号18頁(判時2172号164頁))。しかし、当事者の主張・立証を基礎として判断することは特に不合理ではない。
IPOが現実的に迫ってきた頃には、相当に慎重な振る舞いが求められる。本件では会社株式が上場された平成19年2月から3年前の平成16年3月頃の取引が問題となったが、既に株式上場に向かって動いていたことを考えると、後段の状況においては、もう少し経営幹部らに慎重な対応が求められていたのではなかろうか。その意味で、IPOを目指す企業関係者にとって一つの重要な教訓を残したものといえよう。
(掲載日 2013年4月30日)