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文献番号 2013WLJCC002
北海道大学法学研究科
教授 田村善之
Ⅰ はじめに
石屋製菓が販売する「白い恋人」と吉本興業が販売する「面白い恋人」で争われた商標権侵害訴訟、不正競争防止法違反事件は、この2月13日に札幌地裁で和解が成立し、報道によれば、4月1日には和解条項に基づきパッケージのデザインを変更したニュー「面白い恋人」が関西6府県において「復活」販売されたとのことである。
この事件は判決という形で裁判所の判断が下されることはなかったのであるが、パロディ的な使用が日本の商標法、不正競争防止法の下でどのように取り扱われるのかということを考える際に格好の素材を提供してくれる。以下、関連する先例なども引きながらしばし思索をめぐらすことにしたい。
原告の登録商標のうちの一つ
原告の商品表示
訴訟の対象となった被告のパッケージ
和解に基づき販売が開始された新たなパッケージ
Ⅱ 不正競争防止法2条1項2号違反を理由とする請求について
本件において商標権侵害が成立するためには、被告標章が原告商標と類似すると判断されることが必要である(商標法25条・同法37条)。商標権侵害訴訟における商標類似に関する最高裁の立場は、外観、観念、称呼の類似が一応の基準となり、そのうえで、最終的には、取引の実情等に照らして商品の出所を誤認混同するおそれが認められるか否かということで決定するというものである(最判平成9.3.11民集51巻3号1055頁[小僧寿し]※1)。
本件に関していえば、特に原告商標の文字部分はいずれも「白い恋人」であり、被告標章のそれはいずれも「面白い恋人」であるから、外観、称呼、観念という3要素のうち明らかに観念が異なる※2ということが問題となる。
この点に関する過去の裁判例をみてみると、二つの商標が、外観、称呼に多少なりとも共通するところがあるとしても、需要者が想起する観念が明らかに異なる場合には、類似性が否定されている。たとえば、既登録商標「コザック」に対する後願の「KODAK」のマークの商標(【図1】) (東京高判平成2.9.10無体集22巻3号551頁[KODAK])※3。同様に、引用商標「ロヂャース」に対し、出願商標「Dodgers」のマーク(【図2】) (東京高判平成 4.3.10知裁集24巻 1号384頁[Dodgers])※4は、いずれも類似しないとされた。
パロディ商標に関する先例である知財高判平成21.2.10平成20(行ケ)10311[SHI-SA]※5も、出願商標に対する引用商標(【図3】)の類似性を否定している(登録異議申立に基づく取消決定に対する取消訴訟)。その理由はというと、登録商標に関しては、OKINAWAN ORIGINAL GUARDIAN SHISHI-DOG という文字からは「沖縄のオリジナル」「保護者、守護者」「獅子犬」などの意味を読みとることができ、「SHI-SA 」の文字と動物の図形と相まって、沖縄にみられる伝統的な獅子像である「シーサー」の観念が想起される反面、引用商標に関しては、「PUMA」 の表記と動物の図形の形状から動物のピューマの観念が想起されるとともに、著名な「PUMA」ブランドの観念も生じるから、両商標は観念を異にする、というのである。
面白い恋人事件に戻れば、この事件の原告商標の文字部分である「白い恋人」という言葉はそれ自体としては多義的な理解が可能であるが、形容詞「白い」と「面白い」は意味に共通性がない形容詞であり、少なくとも被告標章の文字部分である「面白い恋人」とは観念を異にしている、といえよう。
くわえて、被告標章が付された被告ら製品は、「大阪新名物」として、大阪府、京都府、兵庫県に限定して販売されている反面、北海道では一切販売されていないこと、著名な吉本興業のグループ会社が販売したパロディ商品として好評を博しブログやツイッターで紹介されるのみならず、雑誌や新聞等でも紹介されるなどしている。外観、称呼、観念の3要素に基づく類似性否定との判断を覆すに足りるほどの取引の実情は認められないように思われる。
Ⅲ 不正競争防止法2条1項2号違反を理由とする請求について
1993年改正で新設された不正競争防止法2条1項2号により、他人の著名表示を商品等表示に使用する行為が不正競争行為と定義されるようになった。
同号の規律が発動されるためにも被告標章が原告の著名表示と「類似」していることが要件となるが、混同行為を規律する不正競争防止法2条1項1号と異なり、2号の類似は稀釈化(ダイリューション)や汚染化(ポリューション)を起こすほど似ていること、換言すれば、容易に著名表示を想起させるほどに似ていることであると理解すべきである※6。ゆえに、「面白い恋人」も、2号においては「白い恋人」と類似する表示となりうる。
しかし、たとえば、音響、映像機器メーカーの営業表示として「Victor」がいかに著名であろうとも、スキーの廉売店に「Victoria」という営業表示を使用することを差し止める請求権を本号に基づいて認めることができるのか、あるいは、スキーの廉売店の営業表示としていかに「Victoria」が著名であったとしても、本号に基づいてステーキ・レストランのチェーン店に「Victoria」という営業表示を用いることを禁止することを認めることができるのかということが問題となる※7。
このことは、商標法4条1項19号との平仄を合わせる上でも重要である。すなわち、1996年改正にかかる商標法4条1項19号は、他者の著名表示に類似していればただちに商標登録を許さないとする法制を採用せず、「不正の目的」を斟酌する構成になっている。著名表示不正使用行為に該当し全く使用することができない商標の登録を認める意味はないはずであるから、逆にいえば、商標法4条1項19号が商標登録を許容したということは、著名表示と類似の表示を使用する行為であり、形式的には不正競争防止法2条1項2号に該当する場合であっても、商標として使用することが可能な場合があることを意味している※8。
それを実現する方策として学説では様々な方策が主張されている。たとえば、法は、不正競争防止法2条1項2号に基づく請求の要件として、著名表示の主体が営業上の利益を侵害されるおそれが存在することを必要としていることに着目し(不正競争防止法3条1項、4条)、この営業上の利益を害されるおそれがあるという要件のところで、両当事者の利益を衡量したうえでなお著名表示の主体に保護すべき利益があるといえるのかという形で利益の衡量を行うことが考えられる※9。
本件では、被告標章が用いられている商品は、原告商品と同種の菓子類であり、特に商品が粗悪であるとか、原告商品のイメージを汚染するようなかけ離れた種類の商品であるということもないから、原告表示のイメージが低下するポリューションは起こりようもない。また、被告商品が原告商品のパロディ商品として注目を浴び、様々なニュース等のメディアを通じて原告商品とともに紹介されている。このような状況下では、被告標章の出現により原告の商標と原告商品との結びつきは、メディアへの露出が増大により商標との結びつきが強くなっていることはあっても、稀釈化(ダイリューション)しているということはないように思われる。
他方、被告商品はパロディ商品であり、それ自体として独自の価値を有している。一般に、パロディは、パロディの対象となった者にパロディに対する権利を認めると、社会的には利益をもたらすものであるにも関わらず、権利者が特異的に反対する可能性があるために、市場が失敗する例として知られている。
このように考えると、被告標章はそれが被告商品に付されることによって社会に便益をもたらす独自の価値を有している反面、原告に不利益が生じない本件では、利益衡量は被告標章の使用を許容する方向に傾くといえるのではなかろうか。
Ⅳ 結び
和解条項に基づき「復活」した新しい「面白い恋人」のパッケージをみると、原告の商品表示の特徴の一つをなしていたリボン模様の装飾が除去されてはいるが、「面白い恋人」の部分は手つかずのままである。他方、販売地域は和解条項では近畿6府県に限定されているが、もともと被告は関西での販売を企図していた。このような和解条項の評価は人それぞれであろうが、少なくとも「面白い恋人」という商品が市場から除去されることなく楽しめるということは慶賀すべき事態であろう。
(掲載日 2013年4月15日)