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文献番号 2024WLJCC026
同志社大学 教授
高杉 直
1.はじめに
近年、我が国における在留外国人の数は増加しており、令和5年末現在で約341万人(特別永住者約28万人を含む)となっている※2。日本の人口の約40人に1人以上は外国人という状況である。それに伴い、渉外的な家事事件も増加している。平成12年度の家庭裁判所における家事渉外事件の新受件数は5,726件であったのに対して※3、令和5年度の家庭裁判所における家事渉外事件の新受件数は11,738件と倍増している※4。
本件は、日本に居住する外国人の夫婦の間でその未成年子の監護者の指定が問題となった事案である。
2.事実の概要
平成22(2010)年 | 【ブラジル?にて】XとYが婚姻 |
---|---|
平成24(2012)年 | 【ブラジル?にて】Cが出生 |
平成28(2016)年 | X・Y・Cが来日 |
令和2(2020)年12月 | XとYが別居(一日交代でCを監護) |
令和3(2021)年12月 | Cの住民票をY宅に異動(翌年1月からは、平日はYが、休日はXがCを監護) |
令和4(2022)年12月 | XがCを監護 |
令和5(2023)年1月末 | Xが本件審判を申立て→翌日に付調停 |
令和5(2023)年4月25日 | 【ブラジルにて】Yがブラジルの裁判所に離婚等の申立て |
令和5(2023)年5月11日 | 不成立により調停終了 |
令和5(2023)年5月16日 | 【ブラジルにて】離婚を承認する判決(別件判決) |
令和5(2023)年8月26日 | 【ブラジルにて】Xが別件判決の取消しを求める申立て |
3.審判
「Cの監護者をXと定める。」
(1)国際裁判管轄及び準拠法について
「本件においては、Xら及びCの住所がいずれも日本にあると認められるから、日本に国際裁判管轄権があり、また、Xら及びCの本国法はいずれもブラジル法であるから、法の適用に関する通則法32条により、準拠法はブラジル法となる。」
(2)別件判決について
「ア Yは、Cについて、Yの居住地を主たる居所とし、休日等については交互に監護する旨を内容とする別件判決により離婚が成立したとして、この内容と異なる審判をすべきではない旨主張する。これに対し、Xは、別件申立書のX署名部分は偽造されたものであると主張して、その有効性を争っている。
イ そこで検討すると、上記認定によれば、令和5年5月11日には、本件調停が不成立で終了していることが認められるのであり、別件申立書が作成された2023年(令和5年)4月25日時点において、XとYとの間で、Cの監護についての合意ができていなかったことは明らかである。また、Yが、本件審判において別件判決についての主張をしたのは、別件判決から2か月半が経過した令和5年8月2日付け意見書によってであり、別件判決後の令和5年6月に本件審判の期日もあったにもかかわらず、上記意見書を提出するまで別件判決の存在を主張していなかった点も不自然である。
さらに、Yは、Xから、署名を偽造したことを問われて、これを否定していないこと《証拠略》や、当時、Yは、交際相手の子を妊娠しており《証拠略》、Xと早期に離婚する必要があったことも認められる。
ウ このような事情からすれば、別件申立書のX署名部分は、Yによって偽造されたものと認めるのが相当であり、XとYが合意したことを前提に離婚を承認する別件判決は有効なものとは認め難い。
よって、Cの監護については未だ定まっていないものとして審判をするのが相当である。」
(3)監護者の指定について
「ア ブラジル民法においては、原則として共同の監護を定めることとされているが、父又は母の監護下におくべきでないと認める場合や、重大な事由がある場合は、上記原則とは異なる監護方法を定めることができるものと解される。
イ そこで検討すると、本件においては、Xは今後ブラジルに帰国することを予定しているのに対し、Yは日本における生活を継続することを予定しているのであり、XとYが共同でCの監護をすることは困難であるということができる。
そして、上記認定によれば、XとYは、別居してから令和4年12月下旬まで、交代でCの監護をしてきたことが認められるところ、Xが、Cの心情に沿った関わりをしてきたことがうかがわれ、CもXとの生活を肯定的に評価しているのに対し、Yは、Cの転校時の対応や、Cと交際相手との関係性において、Cの心情に対する配慮に欠けるところがあったことがうかがわれ、Cも、YがCに関心を向けていないと感じている。また、Cは、今後は、Xとブラジルで生活することを希望している。
加えて、Yは、偽造されたX署名部分を利用して別件判決を得ており、不正な手段でCの主たる監護者の地位を得ようとしたことも認められる。
ウ 以上のような事情を考慮すると、本件においては、CをYの監護下におくのは相当でなく、また、重大な事由があるということもできるから、Xの単独の監護を定めるのが相当である。」
4.コメント
本件審判は、外国人夫婦間の子の監護者の指定が問題となっており、渉外的な家事事件である。渉外事件においては、国際裁判管轄、準拠法、外国判決の承認等の国際私法上の諸問題が生じ得るが、本件審判においてもこれらの点が問題となっている。以下では、本件審判で問題となった点について、国際私法の観点から法的根拠や法的分析を加えながら若干のコメントを行いたい。
(1)外国判決の承認
本件審判では、ブラジル裁判所のした別件判決が存在していることから、別件判決が日本において効力を有するかという点(外国判決の承認)が問題となる。外国判決の承認については、民事訴訟法(民訴法)118条※5
に規定があるほか、家事事件手続法(家事法)79条の2※6
が「家事事件についての裁判」の承認について規定するが、後者は民訴法118条を準用する旨を定めているので、いずれにせよ民訴法118条の要件を確認することになる※7
。
民訴法118条によれば、承認要件として、①法令又は条約により外国裁判所の裁判権が認められること(間接管轄の要件)、②敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達を受けたこと又はこれを受けなかったが応訴したこと(送達・応訴の要件)、③判決の内容及び訴訟手続が我が国における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと(公序の要件)、④相互の保証があること(相互保証の要件)が規定されている※8。
①ブラジル裁判所の間接管轄(民訴法118条1号)
別件判決においては、XYの離婚だけでなくCの監護に関する事項の記載もあったことから、Cの監護に関する本件において、子の監護に関する別件判決が承認されるかが問題となり、その要件としてのブラジル裁判所の間接管轄の有無を検討する必要がある。間接管轄の判断基準については、日本の法令には明文の規定がないため、原則として直接管轄(日本の裁判所が事件を審理するために必要とされる国際裁判管轄)を基準とすることが一般に認められている。子の監護に関する処分の直接管轄については家事法3条の8※9に規定があり、子の住所が管轄原因とされている。また、基準時は、手続申立時・開始時である(家事法3条の15※10)。従って、別件判決の手続開始時に子の住所は日本にあり、ブラジルには子の住所がなかったことから、ブラジル裁判所の間接管轄は認められないことになろう。
ただし、人事訴訟法(人訴法)3条の4※11によれば、日本の裁判所が離婚の訴えについて国際裁判管轄を有するときは、子の監護者の指定その他の子の監護に関する処分についての裁判についても国際裁判管轄を有すると規定されている。そのため、ブラジル裁判所に離婚事件の国際裁判管轄が認められる場合には、子の監護に関する処分についてもブラジル裁判所の間接管轄が肯定される余地がある。そこで、離婚事件の国際裁判管轄も見る必要があるが、人訴法3条の2第5号※12によれば、身分関係の当事者双方の国籍が管轄原因とされているため、夫婦の双方がブラジル人である離婚事件については、原則として、ブラジル裁判所の間接管轄が肯定されることになる。そうすると、子の監護に関する処分についてのブラジル裁判所の間接管轄も肯定されることになろう。
②別件判決が公序に反するか(民訴法118条3号)
民訴法118条3号の公序については、判決の内容に関する公序(実体的公序)だけでなく、判決を成立させた外国での訴訟手続に関する公序(手続的公序)も問題となる。手続的公序については、最低限の手続保障があったか否かが問題となり、例えば、判決書の写しが敗訴被告に送達されておらず、不服申立ての機会が与えられないままに外国判決が確定したりした場合には、公序違反とされ得る※13。判決の詐取等があった場合も手続公序に反することになる。
本件審判の認定のように、「別件申立書のX署名部分は、Yによって偽造されたもの」であれば、別件判決は、手続的公序に反するものとして、日本において効力は認められないことになろう。
(2)国際裁判管轄(直接管轄)
日本の裁判所が渉外事件について裁判をするためには、国際裁判管轄(直接管轄)が認められることが必要である。子の監護に関する処分の国際裁判管轄(直接管轄)については、前述のとおり、家事法3条の8に規定があり、子の住所が管轄原因とされている。本件では、子の住所は日本にあるから、本件審判の判示のとおり、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められる。本件では、日本での裁判を否定すべき特別の事情(家事法3条の14※14)もないであろう。
(3)準拠法
日本での裁判が認められる場合には、実体判断の基準となる準拠法を決定する必要がある。子の監護に関する問題の準拠法については、本件審判が判示するとおり、法の適用に関する通則法(通則法)32条※15によって定められる。通則法32条によれば、子の本国法と親の本国法が同一の場合には当該本国法によると規定されているため、本件ではブラジル法が準拠法となる(なお、通則法41条ただし書※16により、日本法への反致を検討する必要はない)。
子の監護に関するブラジル法(民法)の条文については、(本コメントでは省略しているが)本件審判に記載されており※17、それによれば、ブラジル民法1583条で、共同監護だけでなく単独監護も認めており、また、同1586条で、重大な事由がある場合には、裁判官が、子の福祉のために監護の方法を定めることができるとされている。本件審判は、これらの条文に基づき、XをCの単独監護者と指定したものと解される。
なお、ブラジル法を適用した本件審判の結果が日本の公序に反しない(通則法42条※18を参照)のはもちろんである。
(4)結論
結論として、本件審判に賛成する。
(掲載日 2024年11月12日)