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第338号 相続により取得した株式の評価と財産評価基本通達  

~東京高裁令和6年8月28日判決※1

文献番号 2025WLJCC003
明治学院大学 教授
西山 由美

1.はじめに
 相続税法(以下「法」という)は、財産評価に関して「当該財産の取得の時における時価」と規定するのみである(法22条※2)。そして具体的な財産評価について課税庁は、財産評価基本通達(以下「評価通達」という)により行う。評価通達は、納税者(相続人)に対して直接的効果はないし、裁判所もこれに拘束されることはないが、不動産や株式といった評価困難な財産の詳細な評価ルールを定めたものであり、事実上あるいは間接的に納税者に影響を及ぼす。
 評価通達は、その詳細な評価ルールに加え、その第1章総則6項(以下「評価通達6」という)において、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」とし、「著しく不適当」という不確定な基準のもと、財産評価について課税庁が裁量権を行使できる仕組みになっている。
 この評価通達6の問題は、租税法律主義に照らして長らく問題視されてきたが※3、最高裁令和4年4月19日判決※4(以下「最高裁令和4年判決」という)において、不動産評価に対する評価通達6の適用につき、「評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、・・・・・・当該財産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが上記の平等原則に違反するものではない」との判断が示された。
 この最高裁令和4年判決後に、取引相場のない株式の評価に対する評価通達6の適用が争われたのが本件である。しかも、本件では第一審および控訴審ともに評価通達6の適用が認められなかったことから、注目すべき裁判例として本コラムで取り上げる。

2.事実の概要と争点
 本件の被相続人である訴外Aは、薬局経営や医薬品製造・販売等を行う訴外B社の創業者であった。評価通達によれば、B社は大会社に分類され(評価通達第8章その他の財産178項)、同社の株式は取引相場のない株式(評価通達第8章その他の財産168項(3))であることから、その評価は類似業種比準価額または純資産価額により評価することが原則とされている(評価通達第8章その他の財産179項(1))。
 Aは生前の平成26年1月、同業の訴外C社との間で自社株売却・資本提携の協議を開始した。これには訴外D銀行がM&Aについてのアドバイザーとして関与した。同年5月、B社全株式(6万株)を総額63億408万円(1株10万5,068円)で譲渡する旨の基本合意がなされた。ところが、同年6月にAが死亡したため、その妻訴外Eおよび2名の子(原告・被控訴人、以下「Xら」という)を法定相続人とする相続が開始した。
 A死亡直後のB社取締役会と遺産協議を経て、Xらはそれぞれ5,300株ずつ相続することになり、同年7月の取締役会で、Eが相続した株式以外のすべての株式(Xらが相続した株式を含む)をEに譲渡し、EがC社にその全株式を譲渡することが承認された。これにより同月中にXらは、それぞれが保有するB社株式(相続分を含む8,950株)を、それぞれ9億4,035万8,600円(基本合意額と同じ1株当たり10万5,068円)でEに譲渡する契約を締結し、Eは全株式をB社に譲渡価格63億408万円(基本合意額と同じ1株当たり10万5,068円、以下「本件売却額」という)で譲渡する契約を締結し、同月中に同契約は履行された。
 Xらは翌年2月の相続税申告において、本件相続株式の価額につき、評価通達第8章その他の財産180項による類似業種比準価額によって1株当たり8,186円(以下「本件通達評価額」という)で計算し、課税価格を2億4,140万余円と2億4,340万余円、納付すべき税額を7,973万7,800円と7,958万9,300円として申告をした。
 これに対して所轄国税局長は平成30年4月、国税庁長官に対して本件相続株式の評価については評価通達6に基づき評価することとしたい旨を、本件相続開始日における本件相続株式の価値算定に関する訴外F社作成の株式価値算定報告書における平均値17億2,000万円(1株当たり8万373円。以下「本件算定報告額」という)を示して上申した。国税庁長官がこれを認めたことから、所轄税務署長は、本件相続株式は評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められるとして、評価通達6に基づき本件算定報告額により評価をし、更正処分および過少申告加算税賦課決定処分を行った。これを不服として、Xらは適法な不服申立手続きを経て、本訴に至った。
 本件の争点は、本件相続株式を評価通達6により評価することの適否である※5。第一審の東京地裁令和6年1月18日判決※6は、本件相続について評価通達の定める方法と異なる方法によって本件株式を評価すべき特段の事情は認められないとして、Xらの請求を認容したため、これに対して被告・国が控訴した。

3.裁判所の判断―控訴棄却
 まず、「最高裁令和4年判決」の枠組みについて、同判決を引用した第一審判決をそのまま採用した。
 「相続税法22条は、相続等により取得した財産の価額を当該財産の取得の時における時価によるとするが、ここにいう時価とは当該財産の客観的な交換価値をいうものと解される。そして、評価通達は、上記の意味における時価の評価方法を定めたものであるが、上級行政機関が下級行政機関の職務権限の行使を指揮するために発した通達にすぎず、これが国民に対し直接の法的効力を有するというべき根拠は見当たらない。そうすると、相続税の課税価格に算入される財産の価額は、当該財産の取得の時における客観的な交換価値としての時価を上回らない限り、同条に違反するものではなく、このことは、当該価額が評価通達の定める方法・・・・・・により評価した価額を上回るか否かによっては左右されないというべきである。」
 「他方、租税法上の一般原則としての平等原則は、租税法の適用に関し、同様の状況にあるものは同様に取り扱われることを要求するものと解される。そして、評価通達は相続財産の価額の評価の一般的な方法を定めたものであり、課税庁がこれに従って画一的に評価を行っていることは公知の事実であるから、課税庁が、特定の者の相続財産の価額についてのみ評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、たとえ当該価額が客観的な交換価値としての時価を上回らないとしても、合理的な理由がない限り、上記の平等原則に違反するものとして違法というべきである。もっとも、上記に述べたところに照らせば、相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められるから、当該財産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることも上記の平等原則に違反するものではないと解するのが相当である。」
 次に、「最高裁令和4年判決」の本件へのあてはめについて、次のような判断を示した。
 「ア 控訴人は、本件において評価通達6を適用すべき根拠として、本件相続株式につき、本件通達評価額と本件相続開始日における交換価値との間に著しいかい離があり、被控訴人らがそのことを十分に認識することは可能であった旨主張する。
 しかし、取引相場のない株式の交換価値は、本来、専門的評価を経ない限り判明し得ないものであって、(現に、控訴人は、F社に評価を委託している。)、外形的事実によって取引相場のない株式の交換価値を合理的に推測することが可能であるとは必ずしもいえない。とりわけ、M&Aが行われる場合においては、高度な経営判断や双方の交渉の結果等により株式の売買代金が決定されるのであって、売買代金が交換価値を反映しているとは限らないというべきである。」
 「イ 控訴人は、取引相場のない株式について、売買契約が成立し、その所有権が買主に移転する前に、当該株式の所有者である売主が死亡した場合、売主の相続財産は売買代金債権になり、その価額は原則として売買相金額で評価される(最高裁昭和56年(行ツ)第89号同61年12月5日第二小法廷判決・訟務月報33巻8号2149頁参照)とした上で、相続開始時に売買契約成立に至っていなかったとしても、近い将来売買契約が成立し、売買代金債権に転化する蓋然性が高い場合には、当該株式の価値が現実的に実現する蓋然性が高いものとして、当該株式の価値としては、その売買代金相当額が一つの基準になり得るところであるとも主張する。
 しかし、上記最高裁令和4年判決は、農地の売買契約が成立し、代金の相当部分の履行があったという場合において、農地法所定の要件が具備される前であっても、相続財産は売買残代金債権である旨判断したものであって、本件のように、売買契約が未だ成立していない場合とは明らかに状況を異にするというべきである。」
 「ウ 最高裁令和4年判決は、評価通達6の適用の有無に当たり、被相続人が、相続税の負担を減じ又は免れさせる行為をしたことを考慮しているところ、本件被相続人及び被控訴人らによるこれに類する行為があったとは認め難い。」
 「エ 控訴人は、本件売却価格が本件相続株式の客観的交換価値を反映したものであるとも主張するが、そのようなことは、相続開始時における交換価値について専門家による判定を行わない限り認定し得ないものであ・・・・・・り、評価通達6を適用すべき特段の事情に該当するとはいえない。」
 以上の判断を踏まえ、第一審判決の結論(「本件相続において、・・・・・・評価通達の定める方法と異なる方法によって本件相続株式を評価すべき特段の事情は見当たらないから、本件相続株式の価額については、本件通達評価額によって定められるべきである」)を支持した。

4.本件控訴審判決の検討
4-1.本件控訴審判決の意義
 本件は、不動産評価と評価通達6に関する「最高裁令和4年判決」のあと、その判断枠組みに従って、取引相場のない株式の評価に対する評価通達6の適用について判断がなされた初めての裁判例である。
 本件控訴審判決では、評価通達による評価額と評価通達以外の評価方法による評価額との大きなかい離があることのみをもって、評価通達6が適用される「評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」とはいえないことが確認された。

4-2.本件における「客観的交換価値」
 相続財産の評価における「時価」(法22条)は、一般に、「客観的交換価値」(不特定多数の独立当事者間の自由な取引において通常成立すると認められる価額※7)とされる。この客観的交換価値について、Xらは本件通達評価額(1株当たり8,186円)と考えた。それに対して課税庁は、相続開始前にAと譲渡予定先のC社との間で1株当たり10万5,068円の基本合意が成立していることを踏まえ、そして実際にこの金額が本件売却額と同額であり、これをF社の本件算定報告額(1株当たり8万373円)が上回らないことにより、本件算定報告額で株式評価を行った。
 結果的に相続開始前の基本合意額と、相続開始後の本件売却額とが一致していたとしても、株式譲渡の基本合意から実際の譲渡まで、合意内容が完全に履行されるという保証はなく、基本合意額が客観的交換価値に近いとはいえないであろう※8

4-3.評価通達6と租税回避の意図
 「最高裁令和4年判決」は、その事実関係から「上告人らの相続税の負担は著しく軽減されることになる」との判断をした。そして、上告人らは「租税負担の軽減をも意図し」たとし、これが上告人らとその他の納税義務者との関係で「看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反する」と断じた。
 ここで問題になるのが、「租税回避の意図」が、評価通達6の適用の要件となるかどうかである。本件第一審判決では、「最高裁令和4年判決は、・・・・・・被相続人側の租税回避目的による租税回避行為がない場合について直接判示したものとは解されない。もっとも、最高裁令和4年判決が租税回避行為をしなかった他の納税者との不均衡、租税負担の公平に言及している点に鑑みると、租税回避行為をしたことによって納税者が不当ないし不公平な利得を得ている点を問題にしていることがうかがわれる。」とし、評価通達6の適用を租税回避行為があった場合に限定している※9
 しかしながら本件控訴審判決ではこの部分を削除していることに加え、判決の最後の部分で「控訴人の主張のうち、評価通達6の適用に当たり、租税回避行為があることは要件とならないとする点については、当裁判所はそのような要件が存するものと説示しているものではないから、同主張に対する判断の必要はない」と述べていることから、租税回避の意図を評価通達6の要件としていないことは明らかである。
 「最高裁令和4年判決」における上告人らの税負担軽減の意図を、評価通達6の適用に合理的な理由があることを示す事実の一つとして例示していると考えれば、本件控訴審判決は最高裁令和4年判決の枠組みに収まっているといえる。
 租税回避の意図は、税負担軽減が納税者の選択した取引の唯一最大の目的であるものから、その取引の付随的結果であるものまで幅がある。最高裁令和4年判決のケースでは、資金借り入れから不動産購入までの一連の取引において、相続人らの相続税軽減の意図がかなり明白であったのに対し、本件では、本件株式譲渡がAの死亡を想定した節税スキームだったかもしれないし※10、B社とC社の将来を見据えたM&Aであったともいえる。租税回避の意図は、その存否や程度の判定が難しく、評価通達6の適用の要件ではなく、その適用が合理的であるかどうかの判断の考慮事項の一つとして位置づけるべきであろう。

4-4.評価通達6の適用の在り方
 評価通達6の適用に「租税回避の意図」を必要としないとなれば、これを適用する課税庁の裁量は広くなる可能性がある。評価通達6が納税者に有利に発動されることは、まず考えられないので、その適用の正当性と合理性をどのように確保していくかが課題である。
 評価通達による評価額(本件では類似業種比準価額)と、評価通達6を適用して算出された評価額(本件ではF社による本件算定報告額)の間にかい離があるというだけでは評価通達6の合理性が認められないというのは、一つの歯止めであろう。さらに進めて、評価通達6がきわめて例外的な状況でしか適用されないとするためには、相続開始前後の当該相続関係者による取引の具体的内容や計画性を踏まえた、当該取引の主要目的およびかい離のある評価額を認めた場合の社会的影響が精査されるべきであろう。
 評価通達6は、本来、課税庁に財産評価の広い裁量を認めるためのものではなく、相続税における財産評価の合理性・安全性を考慮したものである※11。評価通達は、法源性のない行政内部の規則であり、かつ、評価対象が社会経済状況に応じて価額が大きく変動する不動産や株式であることから、評価通達6は評価通達による原則評価の安全弁の機能を果たす。評価通達6の廃止論も小さくはないが、評価通達による評価と評価通達6は表裏一体であり、評価通達6を廃止するときには評価通達本体も廃止するべきである※12
 財産評価のルールを法令化するのは、一物一価ではない財産の評価においては不可能だと言われる。しかしながら、財産評価は相続税の課税要件の中核であり、それを行政内部の規則にもっぱら依拠しているというのは、租税法律主義に反する。財産評価一般のルールを法令化している国もあり(たとえばドイツ※13)、評価通達6の適用要件の議論だけでなく、財産評価ルールの法令化にも視点を転ずることが必要である。


(掲載日 2025年2月10日)

  • WestlawJapan文献番号2024WLJPCA08286002
  • 相続税法22条
  • 評価通達6が問題になった重要裁判例につき、品川芳宣「東京地裁令和6年1月18日判決と評価通達6項の適用要件」税理67巻6号(2024)221-223頁。
  • WestlawJapan文献番号2022WLJPCA04199001
  • 評価通達6の適用を前提とした評価額の適否や過少申告加算税賦課の適否も争点となっているが、本コラムでは評価通達6適用の可否に絞って検討をする。
  • WestlawJapan文献番号2024WLJPCA01186001。第一審の判例評釈として、山下清兵衛・税弘72巻5号(2024)67頁(執筆者は本件納税者の訴訟代理人である)、渡辺充・税理67巻6号(2024)118頁、橋本浩史・税経通信79巻7号(2024)143頁、尾川望・税務事例56巻7号(2024)59頁、首藤重幸・税研40巻1号(2024)93頁など。
  • 金子宏『租税法〔第24版〕』734頁(弘文堂、2021)。
  • このように考えるものとして、首藤・前掲注6・97頁。
  • これに対する批判として、品川・前掲注3・225頁。
  • A死亡に関するB社による「お知らせ」によれば、Aは享年73歳であり、「かねてより病気療養中のところ」と記されていることから、近い将来の相続を見据えた株式譲渡だったかもしれないが、地元における薬品販売事業の重要性に鑑みたM&Aであったことも否定できない。
  • このように考えるものとして、渡辺・前掲注6・126頁。
  • このように考えるものとして、品川・前掲注3・221頁。
  • 手塚貴大「日本における財産評価法制定の可能性:ドイツ財産評価法の検討を踏まえて」日税研論集68号(2016)251頁以下。


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