信用金庫の職員がウエストロージャパン判例データベースをリサーチすることで、事案の法的な位置づけをつかみ、
顧問弁護士に任せきりにせず、法的リスクを自ら把握・判断している呉信用金庫。
社員・職員自らがリサーチすることで、企業はどんなメリットがあり、かつどう変わるのか。
折田裕文様(経営管理本部 コンプライアンスグループ SE)に、
金融法務・行政に明るい児島幸良弁護士(森・濱田松本法律事務所パートナー、早稲田大学大学院法務研究科客員教授)が聞く。
児島 呉信用金庫さんは、ウエストローのデータ
ベースを積極的に活用されています。
私は金融庁への出向をきっかけに、様々な地域金融機関からのご相談も頂戴するので、金融機関の方と話す機会も多いのですが、法令がからむことが非常に多い業種ですよね。ですので、地域金融機関の職員が自ら法令・判例をリサーチする意義は大いにありますが、実際は法令・判例のリサーチを顧問弁護士に任せきりにしている中小・地域金融機関もあるのではないでしょうか。
そのような中、呉信用金庫ではどのようにウエストローのデータベースをお使いなのかを教えてください。
折田 金融機関にとってリスクの評価は非常に 重要です。法律案件や訴訟案件を扱う際、「顧問弁護士に相談し、金融機関としての最終判断を下す」ため、信金職員自身による事前のリサーチにより、自らの手でリスクを把握しています。
児島 具体的にはどうされているのでしょうか。
折田 A4の紙を用意して事案の概要を書き
込みます。そしてウエストローの判例検索を使って同種の事案のポイントを素早くリサーチし、類似事件の争点や裁判所の判断を書き込んでいきます。すると問題点や聞くべきポイントが浮かび上がってきますので、そのペーパーを持参して顧問弁護士に相談するというプロセスをたどります。
以前は顧問弁護士に一から相談していました。しかし弁護士さんは忙しく、その場でのお答えが無理でした。資料一式を持ち込んで改めて回答を貰っていましたが、時間がかかる上に詳しく詰めるのも難しい。そこで、まず私たちで理解を深めて、ある程度考えを固めてから相談する方法に切り替えたのです。
児島 そこまでやれば、顧問弁護士も事案のポイントを素早く把握できるでしょうね。
折田 弁護士の先生に「こう考えるのですが、どうでしょうか」と相談すると、けっこう当たるようになってきました(笑)。先生方からもご評価いただけていると思います。
児島 金融の現場におられる折田さんと弁護士の視点の違いなどは感じられますか。
折田 弁護士さんにご意見を伺うと、「条文はこうだから、こういう結論ではないか」と条文中心に考えられます。しかし、私たちの業界では金融庁のガイドラインや指導、金融庁検査の実例などが事例集にまとまっており、「実例はどうなっているのか」を調べて判断材料にすることが多いのです。ですので、むしろ判例を実例による条文の解説書と考えると親しみやすいのです。
児島 なるほど、条文は抽象的な概念を扱っていますからね。
折田 やはり条文はとっつきにくいです。判例もわざとわかりにくく書いているのではと思うほど(笑)独特です。しかし、ウエストローのデータベースに検索ワードを入れて、出てきた判例を10個ぐらい読めば、だいたい条文の内容も把握できますね。
児島 判例調査を弁護士任せにせず、自分たちでやるメリットは何でしょうか。
折田 たとえば、弁護士さんによって考え方や性格の違いがあります。慎重な人とか、逆に打って出ることに積極的だとか。判例を調べると、その弁護士の考えと判例がちょっと違うということにも気がつくのです。
児島 それまでは、弁護士の意見は絶対と思い込むおそれもあったわけですが、「他にもこういう考え方もある」ということがわかるようになるわけですね。他に活用例はありますか?
折田 監査業務に関連して、関係法令の改正を事前にリサーチして把握しています。職員の間では、「この法律の最新情報は押さえたほうがいいね」という話が自然にできているようです。
児島 監査対応でウエストローのデータベースを活用するのはなかなかできないことで、素晴らしいです。折田さんは法学部卒なのですか?
折田 いえ、違います。一般の職員にとって司法はかなり抵抗感がありますが、管理部門ですと日常的に裁判所や弁護士と接触があります。私は現在のコンプライアンス部門の前に管理グループで契約業務をしており、競売、訴訟、差押で弁護士さんとも仕事をしてきましたので、抵抗がないのかもしれませんね。
児島 それ以外に、ウエストローを利用して便利なことは何ですか?
折田 判例収録が豊富なことです。特に、検索した判例について、関連する判例がたくさんみつかります。これらの判例を用いて、研修を行うことがあります。そこでは、事案のポイントや実務で気を付けなければならない教訓などを研修するのですが、抽象的な注意喚起にとどまらず、現実的なリスク意識の向上や、具体的業務における注意点等の周知徹底を図るには、実際の判例を用いるのが効果的です。
「具体的に、こういう裁判になってしまっては取り返しがつかないですよ」などといった説明をすることで注意すべき点が現実味を帯びます。そして、より実務に即した質の高い予防法務が実現できます。ですので、豊富な判例収録をしているウエストローは役に立っています。
児島 折田さんはリサーチの本質をよく理解されていると思いますが、そのノウハウを一代限りに終わらせずどのように社内に広げられるおつもりですか。
折田 新しい担当者が配属されましたので、過去のファイルを訴訟事案ごとにまとめて見てもらっています。金融機関の最終判断は、弁護士の意見そのままではありません。当金庫自らの意見を方針とし、法的な位置づけを知るリサーチはその前提になります。また、こちらの実務で得た情報を地元の弁護士さんにフィードバックすることで金融に強くなっていただければ、お互いにメリットが大きいと思います。
児島 社内でコンプライアンス部門は直接利益を生まないと思われがちなので、ご苦労がおありでしょう。しかし、弁護士に任せ切りにしないで自分で調べる利益は大きいですね。ウエストローも、条例や政省令の下に位置する通達や改正経緯、ガイドラインの収録、そして金融検査や行政処分の事例集を更に充実させれば、地域金融機関の業務にますます役立つものになるでしょう。
児島 呉信用金庫様は、法律的な問題意識を強く持ってリサーチにウエストローを活用されていますね。今後、同様の地域金融機関等が更に増えて、コンプライアンス態勢の効率的な拡充に資することが期待されます。
今後もウエストローには、一層利用しやすいデータベースとなるようますますの改良を期待したいと思います。
(※敬称省略)
呉信用金庫 経営管理本部
コンプライアンスグループ SE
折田 裕文 氏
早稲田大学大学院法務研究科客員教授/
森・濱田松本法律事務所パートナー弁護士
児島 幸良 氏
京都大学法学部卒業、同大学院法学研究科修士課程修了。ハーバード・ロースクール卒業。03~04年金融庁総務企画局企画課出向。09~14年早稲田大学大学院法務研究科教授(金融法、企業法、民法担当)。