― 保険会社の法務部とは、どんな役割を担っているのでしょうか?
牧 一般の企業の法務部と、私たち保険会社のそれとの大きな違いは、一番多い契約形態・業務である保険契約を、約款を使って統一的に行っていることにあるでしょう。約款作成を担当するのは商品開発部ですので、保険契約について法務部が果たす役割は、約款解釈に疑義がある場合の解釈の統一や保険金支払等についての苦情・訴訟などに対応することです。
保険契約に関するこのような業務を含め、私たち法務部担当業務は、大きく4つに分けられます。①保険業法、会社法、著作権関係、労働法、民事執行法等々、各部署からのさまざまな法的な相談に対応する法務相談業務。②保険約款以外の種々の契約締結を含む会社の意思決定に係る稟議のチェック。いわゆるリーガル・チェックと呼ばれるものです。③訴訟対応としては弁護士のサポートに当たりますが、最近はADR(裁判外紛争解決手続)が増えてきました。その際には、当社の主担当をサポートします。そして、④法令改正の情報提供です。これらを、最近の機構改革でコンプライアンス部門を分離した結果、部長を含めて5名という少ない陣容で対応しています。
― さまざまなリスクを扱うのが保険会社の仕事と言って過言ではないと思いますが、その中でリーガル・リスクはどのように捉えられるのですか。
山崎 保険会社のリスクとしては、オペレーショナルリスクや、数理上のリスク、運用リスク、レピュテーショナルリスクなどがありますが、それぞれ専門部署をあてて対応しています。弊社では、リスク管理部が全社的なリスクコントロールを司っており、組織としては法務部もその体制のもとリーガル・リスク対応にあたる形です。
牧 保険会社ではお客様からの預り金の運用で多額の融資契約の決定・決済があります。それらのスキームや契約書をチェックすること、社内規程の制定改廃に法令違反がないかをチェックすることが、リーガル・リスクの顕在化を抑える予防法務の側面となります。
― 先ほど法務部が少人数というお話が出ましたが、現場でリーガル・リスクに即応する、非常にユニークな制度をとられているようですね。
牧 他社にはない制度と思いますが、十数年前から、各部署に「法務役(ほうむやく)」という担当を設けています。会社の中でも業務は部門ごとに全く異なりますしそれに伴うリーガル・リスクの内容・規模もさまざまです。その業務のリーガル・リスクをコントロールするには、業務に精通している必要があるはずで、各部門の法務役が、その部署の法務にかかわる案件をまずチェックして処理するという制度を考えました。より現場に近いところでリスクを察知し、判断・処理するほうが理にかなっている。いわば「法務の分権化」という発想ですね。リーガル・リスクは法務部で一括コントロールするのが一般的な考え方ですが、一方、現場レベルでは「法務部は現場をわかっていない」と不満を持ちがちで、その改善を狙ったものです。
― 法務役はすべての部署におられるのですか。
山崎 人事部に1名、営業統括部に1名、保険金部に1 名……という具合に、本社部門のほぼ全ての部に任命しており、合計20数名の陣容です。ただ、法務役は専任者ではありません。ふだんは通常業務をこなしつつ、その部署にかかわる契約や規程があればチェックするという建て付けにし、法務部は後見役に回るという役割分担をしています。たとえば、システム企画部、不動産部といった部署は保険契約以外の一般契約も多く締結しますが、それらの契約の際には、まず各部の法務役がリーガル・チェックに当たります。
牧 概ね15年以上の経験をもつ課長クラスのベテラン社員が、各部署からの推薦を受けて法務役候補になります。さらに資格試験に合格することで、正式に法務役に任命されます。
最初は法務部とともに仕事を進めることでスキルを身につけていきます。習熟した頃になると、法務役が単独で当たるものと法務部と仕事を分担するものなど、業務を仕分けて作業に当たり、新規の案件やスキームの複雑な案件については必ず法務部がダブルチェックをかけるなど、法務リスクの軽重に応じてチェック体制が整えられます。また、3ヶ月に一度、稟議された案件を法務部が全件チェックする機会をもち、漏れのないシステムを実現しています。
― 一般企業の「法務部の悩み」として、クライアントともいえる業務の現場との関係がうまくいかないことがよく挙げられます。各部署で業務の専門性を身につけ、かつ法務のスキルを備えた法務役がその役割を果たすことで、法務部は「5名ではなく、30名いる」ということになりますね。
牧 まさに、考え方としてはそういうことです。
― 以前から、〈Westlaw Japan〉の判例データベースをお使いいただいています。
どんなメリットがありますか。
牧 社内からの相談を受ける中で判例調査の重要性を痛感し最初は他社のデータベースを導入したのですが、その製品は検索機能等が十分でなく不満がありました。
そこで御社の製品に切り替えたのですが、その頃たまたま私が生命保険契約の判例研究会に参加していて評釈を書く機会がありました。その事案は、自殺かどうかが争われたものでした。私は当初、自殺であるから保険金を支払う必要はないという印象を持っていたのですが、〈Westlaw Japan〉で多くの判例にあたったところ、むしろ、安易に自殺とは判断できない事案だという結論に変わりました。また、事故による死亡について少額の保険料で比較的多額の保険金が支払われる種類の保険に関して、平成19年に出た最高裁判例の解釈をめぐり、学会でも意見が分かれるという事態が起こる中、それに関係する評釈を書く機会もありましたが、〈Westlaw Japan〉で数々の判例を読み込むうち、「むしろこうなのではないか」と自分なりの発見があったのです。自ら判例をきちんと読み、考えることで飛躍的に理解が高まり、この事件に関する評釈は、大変納得がいく内容に仕上がりました。私を含め、企業法務担当者はそのようにスキルを高めることによって、ただ弁護士に解釈を委ねるのではなく自ら考え、戦略的に行動できるようになるべきだと考えています。
〈Westlaw Japan〉判例データベースのメリットは、「全文をキーワードで検索できること」にありますし、検索結果にノイズが少なく、効率的に判例を抽出できます。他社の法務担当者が、「キーワード検索をすると、関係のない判例がたくさん出てくる」とこぼすのを聞きます。おそらく〈Westlaw Japan〉以外のデータベースを使っているのだろうと思いますが、〈Westlaw Japan〉ではそんなことはありません。また、掲載判例が豊富なことも魅力です。以前ある大手事務所の弁護士と打ち合わせをしているときに「貴社のこの事案に関しては、データベースを検索したのですが、判例はまだないようですね」と言われたのですが、「そんなことないですよ。どこの会社のものですか」と聞き返しました。実は〈Westlaw Japan〉で、ひとつだけ関連判例があることを事前に調べておいたのです。案の定、その弁護士は他のデータベースを検索していたようでした。
― 今回、法の成立や改正、施行情報をメールでお知らせする〈法令アラート〉を導入されました。狙いは何でしょうか。
山崎 実は、わが社では〈法令アラート〉で提供される「法令改正の情報提供」を、法務リスク管理の一環として独自に行っていた経緯があります。法務部の担当者が「電子政府の総合窓口(e -Gov)」や「法令データ提供システム」、そして官報など生の資料から、法改正やパブコメ情報などをピックアップし、社内のイントラネットで配信していました。
牧 分権化した法務の現場で、法令改正情報の漏れがないようサポートするために考えられた体制です。担当者にとっては、法律がどのような過程でできあがるか、実際に法改正はどう行われるかを知ることができ、かなりの勉強にはなりますが、非常に手間のかかる仕事です。法改正では新しい条文が官報に載るわけではありません。正確に理解するには「○○を××に改正」という記述をいちいち現行の条文に当たって直していく「溶けこまし」の作業も行わなければならず、業務として見た場合に、はたして費用対効果が上がっているのかという疑問がありました。
山崎 〈法令アラート〉にもその都度入っている「法改正のあらまし」の解説まで自分たちで書いていましたから、確かに勉強にはなりますが作業の負荷が重すぎて、本末転倒になりかねないという悩みがありました。
― 導入前に〈法令アラート〉の意義を、肌身で感じておられたのですね。
牧 私たちが従来やってきたスキームを、そっくり「溶けこまし」や「あらまし」作りも行ったうえで、〈法令アラート〉で提供いただけ、かつ、部署によって異なる関係法令を仕分けて配信していただける、きめ細かさという非常に大きなメリットを得た形です。このようなサービスでは、法務部のみがユーザーという企業が多いと思いますが、セクションによって送るべきアラートをチューニングできるのは、業務の現場で法令遵守を担保する手段として、非常に大きなメリットだと感じています。
山崎 〈法令アラート〉は、各部の法務役二十数名だけではなく、部の下の各グループ担当者にも送られますので、全社で百数十名に送られます。
― 〈法令アラート〉は、今後の法務にどのように役立つでしょうか。
牧 画期的な効果があると思います。〈WestlawJapan〉のサービスは〈法令アラート〉だけでなく、判例検索も社員が自由に使える環境を提供してくれたわけですが、〈法令アラート〉によって、法改正など最新の法律の動向をチェックすることが現場の業務を担う社員たちに日常化し加えて、判例検索によって、いままで結論だけしか知らなかった判例の「生の姿」に接することにより、自分で読み、考え、実際の業務に活かす力をつけることができる。それこそが、現場における意識改革です。法令遵守を絵に描いた餅ではなく、まさに血肉化して実践できるということだと期待しています。
(※敬称省略)
三井生命保険株式会社
法務部長
牧 純一 氏
三井生命保険株式会社
法務部法務グループ長
山崎 浩明 氏