法学教育の役割とは。そして、「使える法学教育」とはなにか。早稲田大学大学院法務研究科の「リーガル・リサーチ アンド プレゼンテーション」(ウエストロー・ジャパン寄付講座)は、「アウトプットを意識したインプット」を徹底して教え、客観的な尺度で評価することで、実力を伸ばすと同時に実務家に求められるスキルを身につけるユニークな授業だ。「実務家になっても受けたい」と噂の、革命的な授業の秘密を探った。
― 先生が担当される「リーガル・リサーチ アンドプレゼンテーション」は非常にユニークな科目ですが、リサーチとプレゼンテーションと組み合わせる意味は何でしょうか?
ご存じのように、従来の法学教育では、知識をインプットする授業が圧倒的に多く、ロースクールでも例外ではありません。しかし、実務を始めれば、当然ながらアウトプットが問われます。そもそも新司法試験自体がアウトプットを問う試験なのですから、それも見据えた教育が必要なのですが、トレーニングのチャンスはインプットに比べて少ないわけです。そこで「リーガル・リサーチ」の内容を実務的に拡張し、アウトプットの手段としてのプレゼンテーションを取り込んだのが、この授業です。
「時間とコストを効率的に使い、許される範囲でベストの成果を上げる」のが、プレゼンテーションを出口とするこの授業のミッションであり、同時に、真に効率的なリサーチの要件です。リーガル・リサーチの授業が陥りがちな「調べるために調べる」ことを廃するスキルを磨くことで、法律データベースの真価も試されます。「いいアウトプットに、いかに合理的なコストでたどり着けるのか」。これこそが、「使える」データベースの要件なのです。
―「アウトプットのためのインプット」という発想は法学教育にはあまりなかったのでしょうか。
そのように感じています。多くの学生は「自分が遅れている」という自覚がない代わりに「自分はこれだけ進んでいる」という自信もないまま、試験の日を迎えてしまっているのではないでしょうか。それは自分のインプットとアウトプットの質をはかる客観的な基準が自分の中にないからです。
司法試験科目の授業でも、もっとアウトプットの時間を増やすのが理想的ですが、なかなかそうも行きません。その部分を「リーガル・リサーチアンド プレゼンテーション」がいくらかでも補えればと思っています。
この授業では、試験を廃しレポート提出とし、レポート自体と、レポートをもとに他の受講者の前で行うプレゼンテーションという二段階で評価します。ここで学生同士がプレゼンテーションを採点し合う機会を設け、採点後に他の受講者による採点結果や平均点と比較することで、自らの実力を公平に見ることができる目を養う効果を狙っています。
―なるほど。アウトプットを意識した「よいリーガル・リサーチ」とは何でしょうか。
逆説的な言い方ですが、リーガル・リサーチの究極の目標とは、「調べなくてよいことがわかる」ようになることです。
―それは、どういうことですか?
リサーチャーのレベルを3段階に分けて説明しましょう。第一段階は、「何を調べたらいいかわからない」レベルです。第二段階は「何を調べたらいいかはわかる」ようにはなったレベル、そして第三段階は「○○については調べなくていい」とわかる、つまり、「これ以上調べてもムダだから、ここで打ち切る」という見極めができるレベルです。
新学期前半の授業では、わざと「○○のテーマを調べなさい」とだけ指示します。学生は山ほど調べてきますが、戦略を持たず闇雲にキーワード検索をしても、データベースの力は生かせませんし、アウトプットの準備ができないほどインプットに時間を使えば必ずプレゼンテーションは失敗します。そんな「小さな挫折」を意図的に仕掛けることで気付きを与え、学習効果を高めるのです。
次に、アウトプットを意識させ、レポートの作成をにらんで締切から逆算することで「インプットはここまでで終わらせる」スケジュールを立て、「何を優先順位にして、どこで打ち切るか」の「やめどき」を見据えたスキルを指導します。実務家になれば、自分になじみのない法分野をリサーチして対応方針を立てる仕事も少なくありません。その手順を教えるのも、私の授業の目的です。
判例検索を例に、具体的にご説明しましょう。キーワード検索をすると、300、500、場合によっては1000ぐらいの判例が出てくることがざらにあります。全部を見るのは時間的に大変ですし、不合理なことも多い。
そこで、まず「絶対に必要なキーワード」を見つけ、それをキーワード検索して出てくる裁判例を抽出し、新しいものから順に見ていくプロセス中で、最初に設定したキーワードよりも適切なキーワードを発見して再度キーワード検索します。このようなキーワードのいわば「精錬」作業を何度か繰り返すと、ベストなキーワードに至るわけです。
但し、多くの裁判例は複数の法的問題を判断していますから、自分の求める論点について判断している要旨を見極めたうえで、それに絞り込んで精選することが肝要です。幸い〈WestlawJapan〉をはじめとする法律データベースには、「関連する判例要旨」が探せる機能があります。
たとえば、ベストのキーワードで検索して3種類の要旨を含む裁判例が出たとします。その中で2番目の要旨が目的の論点ならば、それに絞って関連裁判例を表示させます。そうすると表示された他の裁判例の中に、もっとど真ん中の要旨が見つかることもあるので、その時はその要旨の関連要旨を検索して……というプロセスを繰り返すと、そのうちに同じ判例ばかりが繰り返し出てくるようになります。
ここがリサーチの到達点です。私は「極相」(きょくそう)と呼んでいます。本来は森林が苗木から樹齢100年、200年と育つうちに、周囲の環境に適合して安定した樹木相となる状態を指す言葉ですが、関連要旨の機能を多重的に使っていくと、やはり同じ判例群がループになる時点がある。絞られたリストの中から「これこそが自分が探しているものだ」という裁判例が見つかります。これが、「ど真ん中の裁判例」です。そこでリサーチを止めるのがポイントです。
―スピードが求められる法律実務の中で、最先端の情報を入手することも必要になります。先生はご出向などを通じて、立法のご経験も豊富ですね。
データベースで調べるだけがリーガル・リサーチではありません。私は、「3種類の〈脈〉がある」と教えています。それは、人に聞く「人脈」、冊子体の文献を調べる「文脈」、そして電子媒体で調べる「電脈」です。これらの長所と短所をわきまえてベストな順番で有効に使いわけることが必要です。
―「人脈」で重要なこととは何なのでしょうか。
「人を選ぶ」ということです。人脈のメリットは、文脈にも電脈にもまだ載らない、最新の状況を入手できることにあります。たとえば、官庁の立法担当者が有力な「人脈」にあたります。しかし、「人によって言うことが違う」「記憶があいまい」「守秘義務を理由に教えてくれない」こともしばしばあり、また聞き方を間違えると、クライアントが極秘の取引をしようとしていることが官庁に筒抜けになるリスクもあるので、注意が必要です。
―様々な法情報がある中で〈Westlaw Japan〉が、将来にわたって法律実務や教育に貢献するために、何が必要でしょうか?
ユーザーのことをよく考え、矢継ぎ早に改良してくれる、すぐれたデータベースであることは間違いありません。常に私を含め、「うるさいユーザー」に鍛えられているだけのことはあり、収録範囲の広さで他の追随を許しません。また、裁判例はたいてい業界最速で掲載されますし、システム改良の要望を出すと素早く実装されるのもすばらしいところです。
各データベース会社のIT技術が一定の到達点に達したいま、法律データベースにおいては、「できるだけ速く、できるだけたくさん収録する」ことに加えて、正確・的確な要旨を掲載することこそが競争力の源泉です。これを左右するのは確かな目をもつ質の高いマンパワーをどれだけ動員できるかにかかっており、データベース会社の優劣はこれで決まると言って過言ではありません。その点で、〈Westlaw Japan〉はいまのところ優等生です。
その努力を多としつつあえて言えば、裁判例の体系化をさらに推し進めていただきたいと思います。アメリカ本国の〈Westlaw〉の大きな魅力は、争点ごとの分類「Key NumberSystem」であり、このシステムをいかに日本の法体系にうまくコンバートして取り入れるか、それを期待しています。また、これに加えて本国アメリカの〈Westlaw〉で使える論理検索の演算子の全てを日本でも使えるようになれば、他に並ぶもののないデータベースになるでしょう。日本でも、さらに多くの優秀な弁護士たちが、ウエストローの編集委員として続々と集まり、コンテンツの向上を目指すことができる環境と条件、社会的評価が備えられることが望まれます。
早稲田大学大学院法務研究科教授・弁護士
児島 幸良 氏
京都大学大学院法学研究科修士課程、ハー バード・ロースクールを経て、アメリカのロー ファーム勤務を経験した後帰国。弁護士を務める かたわら金融庁総務企画局企画課に出向、 証券取引法改正などに携わる。