―法科大学院の志望者の急減など、新しい法曹養成制度は曲がり角を迎えている。特に導入教育は各校でレベルのばらつきが大きい科目だ。法学教育が根底から問われているなか、常に新司法試験合格者数上位に食い込む中央大学では法科大学院をはじめ、法学部や大学院法学研究科で〈WestlawJapan〉〈WestlawInternational〉を学生一人ひとりが使えるように導入している。データベースを駆使したリサーチそのものを「生きた日本法をとらえる」実践的教育につなげている中央大学法科大学院佐藤信行教授に、その「奥義」を聞いた。
中央大学では、法学部と研究者養成を担う大学院法学研究科、そして法科大学院の3つの法学教育部門で〈Westlaw Japan〉と〈WestlawInternational〉を全面的に導入しています。もともと〈Westlaw〉のデータベース自体は以前から使っていましたが、2012年度からさらに整備したものです。
〈Westlaw Japan〉のメリットは大きく分けて2つあります。日本の法律データベースは、成り立ちから法令系と判例系に大きく分かれ、それに文献や論文などの二次資料がセットされる形で、二次資料が弱いという悩みがありましたが、〈Westlaw Japan〉では大幅に強化が図られています。しかし、何よりも高く評価できるのは、アメリカ本国版〈Westlaw International〉の特長であるサイテーター(判例の引用・被引用関係を表示するツール)の考え方を導入し、意欲的に実装をはじめていることなのです。
―「サイテーター」という耳慣れない言葉も出てきましたが、まず、先生が担当しておられる、データベースを使った講義についてお伺いします。リーガル・リサーチを題材に「生きて動いている法」をつかむ、他にはない非常に実践的な授業だという、もっぱらの評判です。
科目名や対象法域の違いはありますが、中央大学では通信教育課程を含む4つの法教育部門全てで、リーガル・リサーチの授業を展開しています。法科大学院では「法情報調査」という1 単位の小さな授業ですが、1 年次の4、5月に15コマを集中しています。
―法学入門を、リーガル・リサーチで行うのですね。
「どのように法律を学びはじめるか」という問題は、法科大学院教育の大きな悩みです。伝統的な法学部教育では実定法や手続法の入門編という形で行われてきましたが、法科大学院の制度設計としては、非常に手薄な分野でした。法科大学院には他学部出身者も入学してくるのが前提ですから、法律固有の思考様式や用語の意味をきちんと理解し、法体系や条文の構造を頭の中に作り上げなければなりません。
同時に、常に「法が、いま生きている状態」をつかむことが法律実務家のスキルとしては必要です。そこで本学では「法情報調査」を、単に「しらべかた」を教えるにとどまらず、データベースを活用して法体系と現実をつなげることで、専門技術の前提となる法律家の共通基盤、すなわち「法学の方法論」を身につける、新しいタイプの入門科目として作り上げたのです。
授業では架空の事件を設定したり、テーマに基づいて「両当事者(原告・被告)それぞれの立場から、適用すべき法的ルールを発見し、まとめなさい」などという課題を与えます。問題解決思考になじみのない学生は最初戸惑いますが、慣れるにつれて、議論しながらどんどんクリアしていくようになります。
―従来の法学導入教育は、「法体系を教えればよい」という考え方に固まり、また、リーガル・リサーチ教育は「資料がどこにあるか」にとどまりがちでした。
たとえば判例法の国――アメリカなどでは、判決それ自体が法創造であり、法規範は常に動いている状態にあります。ですから、リサーチ自体が「その時点の法規範を定立する作業」とイコールなのです。一方、日本は制定法主義ですから、法体系など「法の存在形式」の理解が出発点です。しかし、制定法の下には膨大な判例があり、多数の行政立法や通達・訓令があります。
これらを含めた「現実に存在する法規範」を理解し、法律実務家として、その全てを使いこなせないといけません。問題解決のルールはどこにあるのか。「いま、法が生きて動いている状態」を描き出し、法システムの全体像から見極めなければなりません。それが「法情報調査」の目的であり、そのためにはデータベースのサイテーター機能が重要な鍵となるのです。
―「サイテーター」とはどういうものなのでしょうか?
一言でいえば「引用・被引用関係の整理ツール」です。ある判決が別の事件の判決に引用されて、結論が出される――判決の多くは、過去に出された判決の引用であり、新しい解釈の判決が出る場合も、過去の判決を踏まえてその結論を採るかどうかの判断が下されます。サイテーターは、判決相互の関係性を整理することで、その判決の「座標」を示し、「何が判例法理か」を導く必須の道具なのです。日本では、いままで「判決で適用された条文はなにか」という規範のみが示されてきました。それが「参照条文」です。判例六法やデータベースでは、それに基づいて「条文ごとの判例リスト」が作られてきました。しかし、参照条文では条文と判例の関係しか見えないのです。
―参照条文では、「判例が直接法創造を果たした」というダイナミズムが見えないのですね。
例として、「過払金返還訴訟」の最高裁判決の変遷を挙げてみましょう。かつて、利息に関しては利息制限法と出資法のふたつの法律があり、それぞれ上限金利が異なっていました。消費者金融やクレジットカード会社は、無担保で貸すリスクを金利に乗せて、出資法の上限利率付近でお金を貸していました。しかし、より低い利息制限法の上限金利で引き直した場合に払いすぎの状態になるため、出資法と利息制限法の上限金利の差額分(グレーゾーン金利)の返還を求めた訴訟が古くから提起されていました。
最高裁判決は昭和30年代末から出ていますが、判決文の中で判例変更を宣言したのは1 回だけです。しかし、その後も判例理論は段階的に、実にダイナミックな変遷を見せています。最初に問題になったのは、利息制限法には「任意に払った分は返還しなくてよい」という規定があったため、払いすぎた利息の返還を求めるのではなく、これを元本返済に充当できないかという論点でした。当初の最高裁判決は、これも否定したのですが、数年後「利息として取り返すことはできないが、元本に充当することは条文に反しない」という解釈を示し、判例変更が明示されました。次に、元本充当の後、多く支払った分の返還を求めることができるかが問題になり、最高裁は「元本返済後に支払われた金は利息ではない。だから取り返せる」と判示。さらに発展として、「一括払いで返済したときに、剰余が出た場合はどうなるか」という問題では、「分割払いと一括払いの間に不公平な扱いがあってはよくない」という観点から返還を認めるという、利息制限法本来の趣旨からは相当踏み込んだ判断も見せています。
このような司法判断の流れに対し、立法府からの「逆襲」がありました。1983(昭和58)年の貸金業法の制定がそれで、貸金業者を登録制にし、登録業者が一定の条件を満たした場合には、最高裁の法理を適用しないと決めたのです。すると裁判所は、今度は貸金業法を厳格に解釈する方向性を模索し、2007(平成19)年には、登録業者特例を実質的に認めないとする判例法理を打ち出します。これをきっかけとして、貸金業法も改正され、グレーゾーン金利は廃止されました。これらの判例理論の変遷は、まさに裁判所自身が借り手の保護を指向した「日本の法システムの変容」を示しています。しかし、条文ごとの切り口では動きはつかめません。これは、判例相互の関係をつなぐサイテーターでなければ捉えることができないのです。
―あるべき実務法学教育と、あるべき法律データベースの姿が見えてきたように思います。先生はアメリカの法律データベースにも精通しておられますが、〈Westlaw Japan〉をどのように評価されますか。
〈Westlaw Japan〉は、日本の法律データベースの中で数少ない、被引用判例リストを表示可能な、データベースです。この機能と、本国の〈WestlawInternational〉の徹底ぶりを引き継ぎ、字間指定までができる〈Westlaw Japan〉の文字検索を組み合わせると、極めて強力なサイテーターをもつデータベースとして利用可能なのです。このメリットは際立っており、さらなる充実を期待したいですね。
日本の法システムは、いま大きく変容しており、それは立法にも表れています。法の対象となる仕組みや裁判が複雑・精緻になるほど、制定法の抽象度は高くなります。そうなると基本法的な立法が多くなり、条文を読んだだけでは「法規範とは何か」がはっきりしません。実際の運用は下位の政省令や官庁の通達に委ねられて、最終的には裁判で決着を見ることが多くなります。判例とその関連性を分析する重要性は、ますます高まるのです。
―会社法や金商法などがそうですね。
法規範の複雑化とともに、法律実務にはさらに圧倒的なスピードが求められます。論文や判例評釈などの二次資料を使って鳥瞰する時間的猶予がない場合も多々あります。ですから、データベースを使って自ら探し当て正しく位置づけることが、これからの法曹の必須のスキルといえます。そのように判例や裁判への理解を深めると、今はあまり気付かれない、より深いところまで考えが及んでいきます。「法発展の萌芽は、ある判決を当事者が自らの主張に援用した瞬間にある」。つまり、裁判の提起の段階で、新しい法発展がはじまるのです。しかし、現在の一般的なデータベースでは、判決相互の関係が整理されていませんし、上告趣意書で引用されてる先例を発見できないこともしばしばです。こうしたことが把握できるように、日本の法律データベースも進化すべきです。別の言い方をするとデータベースの発展は法の発展にもつながると考えています。
中央大学法科大学院
教授 佐藤信行 氏
公法とりわけ英米・カナダ法との比較研究を専攻し、情報法領域での応用に取り組んでいる。英米法の法令・判例集の成り立ちについて造詣が深く、早くからデータベースを使った実践的なリサーチ教育を進めている。