―個人や中小企業の不動産オーナーにフォーカスした大変ユニークなサービスを展開されています。先見性がおありでしたね。
大学生のころから、「磨き上げた能力で、人の力になる存在になりたい」と思っていました。法学部卒業後、弁護士の仕事の内容を知りたいと思い、まず法律事務所に就職しました。そして一期生として法科大学院に入学。そこで出会った実務家教員の教え方に「社会が見える」魅力を感じ、ますます弁護士志望の意志を固めました。
― 最初に不動産会社に入社されます。なぜ企業内弁護士になろうとされたのですか。
法律事務所の内定もいただいていたのですが、これからの時代を生きていくためには、「エッジの利いた」専門性をもつことがカギだと考えました。企業法務では証券、銀行、商事、IT関係などが人気でしたが、独立して自分の事務所を持ったときに有利になりそうな業種を探しました。その点不動産業は、民法や借地借家法など法律の知識を活かした仕事ができ、何よりマーケットが大きいことが魅力でした。縁あって興和不動産の面接を受けましたが、そのとき「一定期間で辞めます」と明言して入社しました。自分の心の中では「3年で独立しよう」と決めていました。確たる根拠はありませんでしたが、5年後でいいやと思うと甘えが出て独立が遅れそうですし、2年ではスキルを磨いたり人脈を形成するのにやや短く、3年がほどよいのではないかと感じたのです。法務部は、新卒から役員まで、社内のあらゆる部署から相談に来るので、いろいろなケースを学びました。素朴な質問から専門性の高いものまで、民法をベースに自分の培った能力で取引・契約リスクを回避し、相手に喜んでもらえるというやりがいを感じることができました。売買、賃貸借の契約から証券化案件まで、不動産取引以外でも会社法から労務まで、企業法務全般の案件を取り扱う面白さがありました。
―法務部と、営業など実務を担う部署とのコンフリクトとして、取引などに法務部からダメ出しされるのが嫌で相談しない、ということがよくあります。
紛争になってからご相談いただくのは最悪です。手遅れになって損失が拡大する可能性が高いからです。企業に「相談しない文化」が定着するのは何としても避けたい。法務部は、フロントの方々が業務をスムーズに進めてもらうことをサポートするのがその使命であり、よほどのことがない限り取引を止めることはありえないと私は考えます。しかしザルになってはだめで、リスクをきちんと分析し、具体的な回避の方法を相談者に提示することで契約の最終的な姿を理解してもらうよう心がけました。若い社員の間に「ちょっとおかしい」という段階で法務部に相談する、という前向きな文化を作りたかったのです。また、会社の顧客である不動産オーナーのほとんどは法律には明るくありません。そこで、問題が複雑になりうるケースでは直接関係者に会って事実関係を収集することで、当事者が何を考え、どう感じているのか「気持ち」をつかむこと、それが問題を解決するうえで大切であることを学びました。そしてきっかり3年で興和不動産を退職し、法科大学院時代の親友と、その友人の弁護士と3人で「法律事務所アルシエン」を開いたのです。不動産・相続、ネットを中心とした風評被害対策と、弁護士それぞれがキラリと光る専門分野を持つ、「次世代型リーガルサービス」を提供しようと旗揚げしました。
―不動産小口オーナーや小規模事業者は、独自の法務部門をもっておらず、必要なときにリーガルサービスを受けられず孤立しているように見えます。
不動産経営には波があります。うまくいっている時はトラブルも起こらないので、個人や小規模事業者にとって、決して安くない弁護士顧問料を月々支払うのはつらいという事情があります。そこで、オーナーや小規模事業者向けに、ご相談事がないときには安く、実際に利用したときに課金される料金体系がニーズに合致すると考えて作ったのが「フレックス顧問」(料金従量制顧問)です。基本料金を低く抑え、ふだんはなるべく負担をかけず、役に立ったときに報酬をいただくというシステムです。気軽に不動産に詳しい弁護士に相談できるという、保険をかけるようなイメージで利用していただけるため、ふだん弁護士には縁のないオーナーによくご利用いただいています。
―まさに、新しいサービスを展開し、市場を開拓したということですね。
私は税理士、不動産鑑定士、司法書士などの、いわゆる「他士業ネットワーク」も重視しています。十分なヒアリングの上、依頼者にとってベストな状態を設定し、それを実現するために、様々な専門家と連携して対処します。例えば不動産がからむ相続関係のご相談の場合、土地家屋調査士、仲介業者、司法書士、税理士等と連携して、依頼者にとって最も負担の少ない方法で、利益が最大となるように案件をマネジメントします。いわゆる不動産版の「ワンストップサービス」です。これは不動産業界出身の弁護士ならではの付加価値だと考えています。
―不動産関係の法律情報は細かいものが多く、リサーチは大変ですね。
この業界は専門性が高いと同時に、関連法規から行政通達に至るまで非常に多岐にわたる情報が存在するのでデータベースに収録されていないものが多く、専門書を駆使してリサーチしなければなりません。
あまり経験のない新しい案件に対応する場合、〈Westlaw Japan〉を利用し、どの辺に争点があるのかアタリを付けることがあります。まず関係する条文をチェックし、次に有力な判例があるかどうかを調べます。案件を最終的なゴールに導くための法律構成の根拠や争点を探るために、似た判例を探すオーソドックスな手法をとります。不動産関係の判例のトレンドをつかむためには、データベース検索は大変有効です。「更新料裁判」のように、最近、各地の裁判所に類似の裁判がたくさん起こされることがあります。最高裁で判決確定すれば拠るべき基準が定立されますが、それまでは下級審での判決の動向に十分注意する必要があります。原文に当たる必要があるので、データベースを使って常に把握できるように心がけます。
〈Westlaw Japan〉判例データベースは、このような検索には非常に有効です。裁判例の数が豊富ながらも検索の精度が高いので、求める判例がヒットしやすく、検索方法を工夫すれば無用なデータはあまり出てきません。これは、他のデータベースに比べて大きなアドバンテージです。基本的には関係条文や様々なキーワードを設定して検索する方法を使っており、これが〈WestlawJapan〉を使ったリサーチの1番の近道のようです。以前、不動産特定共同事業法に関するご相談を受けたことがありまして、そもそもこの法律が関係する紛争が発生したことがあるのか、〈Westlaw Japan〉判例データベースで調べたことがありました。結果、殆ど紛争事例はありませんでした。大きな見落としやミスリード防止のため、「紛争事例が殆どない」ことを知ることも重要なのです。
不動産法務に特化された法律データベースがあったらいいなと思うことはあります。例えば、立退料の相場を調べるようなとき、不動産鑑定士協会から出版されている専門書等を参考にしているのですが、そういうデータも収録されたコンテンツがあると助かります(ニッチなニーズだと思いますが)。また、他の不動産を得意とする弁護士がよく閲覧する判例等のデータがわかるようなシステムがあると便利かもしれません。
不動産の実務は法律というより慣習で動いている要素も多く、不動産事業者や他士業に教えを乞う場面も多いですので、人脈を活かしたリサーチとデータベースによるリサーチとの両輪で対応するのがベストです。
法律事務所アルシエン共同代表パートナー
弁護士 木村 俊将 氏