― 先生のご経歴は、オーソドックスな法学研究者からすると少しユニークですね。
私は現在、国際取引法、電子商取引法、国際金融法をロースクールと法学部で教えていますが、 もともと日本銀行時代にさまざまな業務を経験する中で、中央銀行決済用コンピュータシステムの法律問題を取り扱うようになり、市中銀行のそれや電子商取引と仕組みが同じことから、それら全般の法律問題を扱うようになりました。
―ゼミのブログを拝見すると、Vis Moot(世界模擬仲裁大会)だけではなく、学生さんが積極的にディベート大会や懸賞論文に参加しておられます。
ディベートではVis Mootや「交渉コンペ」(大学 対抗ネゴシエーション・コンペティッション)、 論文とプレゼンテーションであるべき金融政策 を提言する「日銀グランプリ」や各種の懸賞 論文などに出ていますが、これらは学生たちの 自発的な意思によるもので、40人のゼミ生が必ず何か「他流試合」をしています。
国際商事仲裁の模擬版を世界の学生が競い合うVis Mootには、各国からよりすぐりの学生が出場しています。Vis Mootは、実は博士相当のレベルなので、ロンドン大学のクイーンメ アリー校からは弁護士資格を持つ30歳ぐらいの人たちが出ていますし、ハーバードやスタンフォードのロースクールからも選ばれた学生 が出てきています。日本から出るのは法学部の20歳そこそこの学生ですから、相当な荒波です。しかし、英語の壁を突破してしまえば、 けっこう互角に闘えるもので、学生たちは臆せずに自分たちでシカゴや上海での練習大会に申し込んで、どんどん出かけています。「世界を見てみたい」という若さがプラスに働いているのでしょう。積極的に前に出て行くのが早稲田の学生のいいところで、実に頼もしいと感じています。
―指導はどのようにされるのですか。
主な指導としては、学生の立論を聞いてチェックすることですが、Vis Moot独特のよさとして、 OBや国際取引の関係者が、学校や企業の枠を超えて支援に力を入れてくれるということがあります。たとえば、富士通法務部のスタッフが法務部対学生の練習Mootをやってくださったり、 ライバルであるはずのデンバー大学の教員が、 私のゼミ生の英語の弁論術やアイコンタクトなどプレゼンテーション技術をコーチしてくれるの です。Vis Mootでは教員が他大学の学生を指導することが可能で、届けを出して本番で自校の学生と対戦しないよう制度が整えられており、 「よってたかって後輩を育成する」という、家族的ともいえる素晴らしい文化があるのです。
アジア大会であるVis Eastは香港市立大学で、世界大会のVis Mootはウィーン大学で一週間にわたって対戦することになりますが、学生の経験としては短期留学か、あるいはそれ以上の密度があります。世界的な一流大学でキャンパスライフを体験でき、自分よりも年長の出場者たち と交流して、自分の将来の姿を見ることもできます。学部生のうちに世界に何百人も知り合いを作って、フェイスブックの「友達」欄に外国人の名前が並ぶ、という経験はなかなかないですよね。 あっという間に国際人になれるのです。私も「順位なんかどうでもいい。人と知り合ってきなさい」 と薦めています。アジアのライバルを直接目の当たりにし、現実を知ることも大きなメリットです。
日本の学生は、「アジアでは日本が一番」と思い 込んでいますが、実はそうではありません。英語で討論すれば、シンガポールやフィリピンの学生の方が上手ですし、韓国の大学は英語で授業を行うところもあり、強豪です。中国も強い。日本と同レベルなのはベトナムぐらいだというのが身にしみてわかるのですね。残念ながら、日本では 仲裁が他国に比べて未発達なことから仲裁法がマイナーで、教育効果が大きな割にVis Mootがあまり知られていないのが残念です。
―オーソドックスな法学教育とはかなり違うアプローチをとられているようですね。
法学教育にはふたつのアプローチがあります。ひとつは従来から連綿と行われている、解釈学を演繹的に積み上げていく学習法ですが、社会に出てからは、もうひとつの問題解決型のアプローチが必然と言えます。そこでは、何か問題が起きたら、その解決に必要なことを逆算し、いわば帰納的に繋げていき、関係する事項を必要十分な範囲でのみ効率的に学習します。その際、「自分の専門分野ではない」という言い訳は通用しません。
逆にいえばリサーチの方法と、法学の基礎である要件事実論さえわかっていれば、どんな問題解決でもできるはずで、あとは学生が応用すればいいのです。それを教えることが、社会に対する大学の寄与だと考えています。
―問題解決型リーガル・リサーチのツールにはどんな要件が必要でしょうか。
私が専攻する国際取引法、電子商取引法、国際金融法は、いずれも範囲が広い上に新しい情報があちこちから入ります。現実に起こっている問題を解決するためには、「自分の守備範囲ではない」という考え方はあり得ません。それは、企業法務・契約実務でも同じです。世界でビジネスをして生きていこうと思ったら、データベースを使いこなさなければなりません。
また、海外の紛争相手が武器を持つのだったら、こちらでも持つ必要があります。「自分たちがどれだけ調べて情報をもち、詰めているか」ということ自体が武器なのです。ですから、渉外弁護士に丸投げなどしてはいけません。リサーチは絶対に必要です。
これら2つの例を挙げましょう。私の専門分野である電子商取引法に関係する「まねきTV事件最高裁判決」が201 1年1月に出ました。従来合法とされていたビジネスを違法化した判決でしたが、領域が知的財産権法分野にまたがるため、その議論状況と、電子商取引法全体にどう関わるかを素早く把握する必要があります。つまり、専攻分野から踏み出すことが不可欠なのです。そのとき、知的財産権に関して専門家でない私にも、もれなく情報が手に入る必要があります。この点、〈Westlaw Japan〉は、判決・評釈だけでなく、法令・雑誌・ニュース記事等もすべて串刺しして検索でき、大変使い勝手がよいと評価できます。まずデータベースとして情報が網羅されており、そして過不足なく検索できる機能を備えている。ワンスポットで的確に対応できる、待望のデータベースです。(〈Westlaw International〉も同様。)
Vis Mootで出題される国際仲裁法の諸問題は、明らかに学界最先端レベルの難問ですが、残念ながら日本では仲裁法がマイナーな研究領域にとどまるため、十分な研究資料が揃わず、多くは英米の判例・学説に直接あたることになります。この点でも〈Westlaw International〉は国際商事仲裁の検索機能が充実しているので使いやすく、学生にも勧められます。
―法科大学院制度がつまづきを見せ、法学教育には閉塞感が漂っているように感じます。
私は、法学部は「日本版ビジネススクール」ととらえられるのが正確だ、と考えています。卒業生の9割以上がビジネス実務に就き、経済学部、商学部の卒業生と同じように、企業の幹部候補生になるというのが、昔からの法学部の実状です。しかし現在の法学教育は、どんな人材を養成すべきかというイメージがないので、法学部で学説を教え、ロースクールでも学説を教えるという繰り返しを疑問を持たずにやっています。これでは視野が広い人材は育ちません。新司法試験に受かっても弁護士の就職先がないことが取りざたされていますが、裁判官も検事も含め、国内で法曹が尊敬される対象ではなくなったのかもしれないと感じると同時に、法学教育が、学生の未来について法曹という狭い枠の選択肢しか提示できていないことが「夢が小さくなる」ことにつながっていると痛感します。
しかし実際には、世界は大きく広がっていて、教員は学生に夢を与え続けることができるはずなのです。Vis Mootは、まさに「世界の広さ」を体感し、学生が夢を持つことができる経験です。現にゼミ生の就職は非常に好調で、そういう経験を持つ人材が、これからの企業から求められるということを証明しています。近い将来、グローバル化の進展でさらに雇用形態が変わると予想されます。現在は卒業直後に東京で仕事ができるけれど、日本の空洞化が進めばロンドンで就職、上海で就職ということも当たり前ということになるでしょう。それに耐えられる短期集中の学びがVis MootWLJ072_201110_FDでは得られると、私は考えています。
※Vis Moot(世界模擬仲裁大会)とは…1993年から毎年3月にオーストリア・ウィーンで開かれる、国際商事仲裁を舞台とした世界的な模擬仲裁大会。世界の大学・大学院・ロースクールの学生が出場し、仮想の紛争事案に基づいて立案し、書面作成能力と弁論技術を競うもので、本物の仲裁人がどちらの主張を認めるかで勝ち負けを決する。日本では「模擬仲裁日本大会(Vis Japan)」が国際商取引学会の主催で開かれ、さらに香港での「アジア大会(Vis East)」もある。ウエストロー・ジャパンは、模擬仲裁日本大会(Vis Japan)に共賛し、「WESTLAW JAPAN CUP」(ウエストロー・ジャパン杯)を新設。
※国際商事仲裁とは……国際的なビジネス紛争を、訴訟によらず仲裁人の仲裁で解決させる手続。当事者の合意に基づいて、裁判官ではなく民間人の仲裁人が、両当事者の言い分を聞いて判断する。管轄や準拠法なども当事者間の合意で決められる。仲裁の効力は国際的に及び、強制力ももつ強いものとなる。
早稲田大学 大学院法務研究科
教授 久保田 隆 氏
東京大学法学部卒業。日本銀行に勤務のかたわら東京大学大学院法学政治学研究科、金融研究所、ハーバード大学ロースクールなどで会計学、銀行法、決済システムについて学ぶ。
名古屋大学大学院国際開発研究科助教授を経て現職。著書に『資金決済システムの法的課題』(国際書院)。