―Vis Mootとは、どんなものなのでしょうか?
正式名称は「Willem C. Vis International CommercialArbitration Moot」(略称「Vis Moot」)で、簡単に言えば模擬「国際商事仲裁」の世界大会です。Vis Mootは、1993年から毎年3月にウィーンで開かれ、今度で19回目になります。「国際商事仲裁」とは、国際ビジネス上の紛争を、裁判ではなく、民間人である仲裁人に判断してもらう手続で、ADR(裁判外紛争解決手続:Alternative Dispute Resolution)の一種です。仲裁の利点として、信頼できる専門的な技術者や国際ビジネスに詳しい法律家を仲裁人として当事者が選任できること、非公開の場で紛争解決が図れることなどが挙げられます。また、仲裁判断に関して、各国が仲裁判断を受け入れ、その国の判決と同様に強制執行を認めるという条約があり、その条約に多数の国が加盟しているため、仲裁判断を得れば世界中で強制執行が可能であることも、仲裁の大きな利点として挙げられています。裁判所の下した判決は、他国で強制執行することはきわめて困難ですので、仲裁判断の方が世界中で通用すると言えます。このような仲裁の利点から、国際ビジネスにおいては裁判よりもむしろ仲裁の方が良く利用されていると言われています。
「Vis Moot」は、そんな国際商事仲裁の模擬版を世界の学生が競い合うものです。模擬裁判と同じく仮想の紛争事案が設定され、申立人(原告)と被申立人(被告)の双方の側から英語の準備書面を提出した後、ウィーンに集まり、仲裁人の面前で対戦相手と弁論(模擬仲裁)を競うことになります。Vis Mootの仲裁人は、実務においても仲裁人として活躍されている方がボランティアで務めてくれています。日本では国内大会として「模擬仲裁日本大会(Vis Japan)」が国際商取引学会の主催で開かれています。また、世界各国でも「Vis Moot」の国内大会が開催されており、多くの有力大学は、これらの国内大会に参加して練習を積んだ後、さらに「Vis Moot」の2週間前に香港で開催される「Vis Moot」の姉妹大会(世界大会ですがアジアの大学に優先枠あり)である「Vis East」に参加し、ウィーンの「Vis Moot」に臨んでいるようです。同志社大学では、学生がグローバルな舞台で活躍できるよう、法学部の学生を中心に「Vis Moot」に毎年出場し、世界各国の大学・大学院(ロースクールなど)と戦っております。
―日本企業は国際訴訟に不慣れだとよく聞きますが、国際商事仲裁は有効な紛争解決手段のようですね。
日本企業の国際訴訟での「弱さ」の一因は、国際裁判管轄権や準拠法などの問題に不慣れなことに求めることができるかもしれません。国際ビジネス取引では、当事者の合意で仲裁地を決めることができますし、仲裁で使用する手続や言語なども同様に当事者の合意で決めることができます。また、先ほど申し上げましたように、判決が原則としてその国内でしか効力を持たないのに対し、仲裁判断は国際的な効力が認められるというメリットがあります。国際訴訟に備え、契約ドラフティングの段階からニューヨークやロンドンの法律事務所に依頼している企業も多いと思いますが、仲裁条項を使えば、場合によっては海外の弁護士事務所に支払う莫大な費用を削減することも可能です。
準拠法についても当事者の合意で決めることができますので、いずれかの当事者の国の法でも、あるいは中立的な第三国の法を指定することもできます。さらに、裁判とは異なり、仲裁では、国際条約や中立的な法規範を指定することもできます。例えば、日本も加盟している「ウィーン売買条約」や、同条約の内容を基礎として、売買以外の契約一般に妥当する規範を定めた「ユニドロワ国際商事契約原則」などを指定することもできます。また、先ほど申し上げましたように、仲裁人として、問題となっている取引や法律問題に明るい法律専門家、技術者、ビジネス人などを選任することができるので、実際の取引に即して専門的な論点が分かった上で判断してもらえるという安心感があります。
―模擬仲裁を法学部で行うメリットとは何でしょうか。
模擬裁判と同じく、当事者となった学生は、仲裁 人にいかに自分たちの主張を納得してもらうかに智恵を絞ります。すなわち英文の問題文60~70頁を読み込んで事案を理解し論点を抽出した上で、申立人・被申立人の双方から英文の準備書面50頁程度を作成し、本物の仲裁人の前で英語で弁論するというなかなか厳しいもので、世界各国の裁判例や仲裁判断例、各種文献をリサーチする法律家としての能力と、英語を駆使して人を説得するロジックやプレゼンテーション、すなわち、国際的に通用するビジネス・パーソンとしてのスキルが要求されます。模擬仲裁を経験することで、グローバルに通用する人材に育つのが大きなメリットです。
―同志社大学では、模擬仲裁への参加に力を入れているのですね。
わが校では大学1年生から希望を募り、「VisMoot」のためのスキル養成を「特殊講義」として科目化していますが、聴講で参加する熱心な学生も数多くいます。日本の法学教育は日本法の細かい解釈論が中心で、生の素材を読み込む力や、ロジックを整理して人とコミュニケーションしながら解決法を見つけ、主張を通すスキルの習得には乏しい面があります。また、教育制度の違いの問題もあります。他の国では日本の法学部にあたるものがなく、職業教育として法律学を教えていることも多く、模擬仲裁に出てくる各国の代表はアメリカのハーバード・ロースクールをはじめ大学院クラスであり、日本の法学部生には少し不利な面があります。
そんな中で日本の学生は、やはり他の国の学生に比べて自分を出すのが苦手な面があり、実際に世界の舞台に立って弁論を経験すると一度は落ち込むようです。しかし自分の殻さえ破ることができれば、もともと日本の学生のポテンシャルは高いですから、「人生観や生き方さえ変わってしまう」といわれるほどの変化が訪れ、見違えるほど成長します。そんな経験を積んだ学生への企業法務分野をはじめとした就職の引き合いは大変強いものがありますし、日本版ロースクールや、大学院の企業法務系の研究科(例えば同志社大学の法学研究科)に進学して研鑽を積む学生も多いのです。
―模擬仲裁に取り組むにあたって、リサーチはどのようにしているのでしょうか。
リサーチに関しても学生が主体的に行います。学生が悩みながら自ら学ぶことが大切ですから教員の立場での具体的な指導はせず、必要に応じて、方向性を間違わない程度の指導を行っています。
判例、仲裁判断例、主要な文献については、VisMoot用の無料のデータベースが提供されており、各国で異なるリーガル・リサーチの環境を平準化できるようになっています。このデータベースは「世界標準」ですが「レギュレーション」ではないので、さらに深めるためには独自にリサーチする必要もあります。また、技術系の紛争の場合は技術文献を調べるなど、リーガル・リサーチ以外のリサーチの必要もあるのです。そこで商用データベースも使うわけですが、圧倒的に〈Westlaw International〉が便利です。データがずば抜けて多いことが、自分たちの立論に有利な判例・先例の発見に直結するからです。また、文献データベースの充実は、ロー・ジャーナルの記事検索に威力を発揮します。さらに国際紛争では各国の判例を調べることが当然ながら必要ですが、世界の判例をたくさん収録している〈West law International〉は非常に有用なので、学生には積極的に使わせています。また、私自身日本法データベース〈WestlawJapan〉もよく利用しています。
―〈Westlaw Japan〉のメリットはどんなところにありますか?
〈Westlaw Japan〉には日本の裁判例が群を抜いて多く収録されていることが挙げられます。私の専門で言えば、国際商取引をめぐる紛争では、その性格上最高裁判例が少なく、最先端の法的論点や司法判断を下級審の裁判例で追う必要があります。その意味では特に下級審裁判例が豊富で、しかもどんどん新しいものが追加されている〈Westlaw Japan〉は、〈Westlaw International〉と並んで、グローバルビジネスを展開するにあたって他の追随を許さぬ判例データベースだと評価できます。
―ウエストロー・ジャパンは、このたびVis Japanに共催し、「WESTLAW JAPAN CUP」(ウエストロー・ジャパン杯)を新設することになりました。今後の抱負をお聞かせください。
現在、模擬仲裁には同志社大学、大阪大学、神戸大学、北海道大学、早稲田大学などが参加していますが、これをさらに日本全国に広げたいと考えています。いままで日本商事仲裁協会、日本仲裁人協会のご協力を得て、国際商取引学会には「国内大会」を主催していただいていますが、このたびのウエストロー・ジャパンの大きな支援は、世界に通用するグローバル人材を育てる上で大きな支えとなり、大変心強いものです。
企業法務に携わる方々や法律家の方々に、ひとつお願いがあります。日本大会の仲裁人になっていただきたいのです。日本大会では英語だけではなく日本語も使われます。「次世代のグローバル人材を育てる」お手伝いをお願いします。国際商取引学会のページに案内がありますので、ぜひ一度ご覧ください。
同志社大学 法学部
教授 高杉 直 氏
お問い合わせ先
模擬仲裁日本大会(Vis Japan)実行委員会事務局
同志社大学商学部 吉川英一郎
(実行委員会事務局長、国際商取引学会理事)
E-mail : eyoshika@mail.doshisha.ac.jp
TEL/FAX : 075-251-3714