― カシオ計算機の知財、法務関連の組織の位置づけを教えていただけますか。
奥村 当社には、特許・意匠・商標の出願、ライセンス、係争などを担う「知的財産センター」があります。センターは出願を担当する「特許部」と、それ以外を担当する「知財法務部」に分かれ、私が見ている「知財法務部」は、主に係争関係全般と、意匠・商標・模倣品対策などを担当しています。
菅野 私は5年前の中途採用入社以来、知財法務部の第一知財法務室に所属し、第三者からの権利行使やライセンス交渉を中心に担当しています。その前は特許事務所に勤務していましたが、当時はリーガルリサーチには全く携わっていませんでした。
― センターは規模が拡充していますね。
奥村 事業が拡大し、取扱品目数の増加につれ、特許出願も増えるので、「特許部」の方は自然に大きくなった面があります。一方、「知財法務部」はこの5~10年、米国でカシオの係争が増え、業務が急増したため充実させてきました。
― 訴訟の増加はなぜ?
奥村 米国で特許の流通市場が発達し、マーケットで特許の売買が可能になったことが大きいですね。NPE*は20年前にも存在していましたが、彼らの保有特許は個人発明家から買い取ったものがほとんどでした。ところが最近は、事業再編や統合の増加を背景に、事業売却時に、戦略上の理由から特許だけが切り離されてマーケットに流通するケースが増えてきました。特許オークションやブローカーを通じて、大手企業の特許も売買が活発化し、結果として係争やライセンス交渉などが増えてきたと考えています。
― なるほど。〈Westlaw International〉はどのような経緯で使い始めたのですか?
奥村 1997年~2003年の6年間、会社からの派遣で、ニューヨークの法律事務所でトレーニーとして勤務しました。IPブティックと呼ばれる知財専門の事務所で、出願明細書やオピニオンの作成など、実際の作業に関するトレーニングを積みました。もともと1年の予定でしたが、延長を本社に要望しているうちに、カシオに関する訴訟がおき、弁護士とカシオ知財とをつなぐ訴訟対応サポートをするようになりました。同じ訴訟対応といっても、弁護士と企業とでは考え方が違うので、その調整ですね。実務面でもアソシエート層が担うリーガルリサーチ(判例調査)の仕事をやりました。
6年間、米国の弁護士の仕事を見続けましたが、彼らは何をやるにも、まず判例調査から入ります。こうしたリサーチは日本でも十分役にたつのではないかと考え、2003年、東京に戻ってきてから〈Westlaw International〉を使い始めました。導入にあたっては費用負担が懸念点だったのですが、知財に特化した固定料金のリーズナブルなパッケージがあったのですぐに導入しました。弁護士費用の大幅な節約になるし、リサーチを通じて部員のレベルアップも同時に図れると思いましたね。
― 〈Westlaw International〉を使用して得られたメリットを教えてください。
奥村 論点を明確にすることで効率化とより深い議論が実現できることですね。知財法務部の調査というのは、調べたい内容が漠然としている場合も多いのですが、たとえば、その状態で弁護士に質問してしまうと、彼らはかなり広範囲にリサーチをしてしまいます。結果として、本当に必要なのは全回答のうち10分の1だけということもありえます。〈Westlaw International〉を使ってこうしたリサーチを自分たちで行えば、本当に知りたい内容を予め絞り込み、弁護士に聞くべきポイントを明確にできます。こうすることで、時間の短縮と経費の削減につながりますし、弁護士ともより深い議論ができます。
― 典型的な使用法を教えてください。
菅野 係争案件の場合、まず「ドケット」を検索します。相手方の会社がどういう会社なのか。過去、どのような特許で、どういう訴訟をしているのか。カシオに対する権利行使は初めてなのか。同じ特許で訴訟し続けているのか、多くの特許を持っているのか。弁護士はだれなのか…などを調べて訴訟リスクを算定します。
また、「自分たちは非侵害である」と解釈した場合、その解釈が実際の判例でサポートできる主張なのかどうか、判例を調べます。相手から警告状が来たとき、判例に沿ったロジックで主張し、判例に使われた言葉で回答すれば、相手に対する説得力が違います。
― とくに役立っている機能はありますか。
奥村 KeyCiteが役立っています。たとえば米国では、連邦最高裁で注目の判決が出ると、その後、それを引用した下級審の判決がバラバラと出てきます。最高裁判決は原理原則、抽象的、理論的なのに対し、下級審のCAFC(連邦巡回控訴裁判所)では具体的な事例が示されます。Key Citeは、あるトピックのその後がフォローできる機能なので、1~2年前の最高裁判決が、どのようにCAFCで運用されるのか、原理原則がどう解釈され実際の案件に適用されるのか、自分たちのビジネスにどう影響があるのかがわかり、役立っています。
菅野 KeyCiteのCiting Reference表示もいいですね。先日ある件を調査していた際に、Westlawと他サービスの両方で検索したのですが、Westlawの場合、より深くディスカッションされているものから順に結果表示され、またネガティブな引用、ポジティブな引用が一目でわかりますので、本来の検索意図と関連性のない判例に煩わされにくく効率的です。その点は他サービスよりも使い易いですね。
― 最近の活用例を教えていただけますか。
奥村 あるビジネスモデルに関し、知財リスクが米国でどれぐらいあるかを検討しました。大きな懸念は、間接侵害(特許発明の構成部品を販売することなどにより、特許侵害に寄与あるいは誘発する行為)に当たらないかどうかでした。そこで間接侵害の判例を検索し、どういうことをすれば、リスクが高くなる、あるいは低くなるのかを調べ、事業部側に説明しました。間接侵害は、特許の純技術的な面だけでなく、たとえば広告や営業の仕方など、侵害を誘発する行為にも影響を及ぼしますので、判決内容の分析は非常に重要となります。
また、「トレードドレス」の問題でも〈Westlaw International〉を活用しました。「トレードドレス」とは、意匠登録はしていないものの、ある要件を満たせばデザイン面での商標権とほぼ同等の権利を持つ、という考え方で、似たような形状の模倣品がでてきたとき、やめさせることができます。ただし、意匠登録はしてないので、はたして「トレードドレス」として権利行使できるのかどうか、過去の判例を見ながら、事業部、営業部とコンセンサスをとる作業を行いました。
最近、当社の製品が間接侵害で訴えられました。訴訟そのものは弁護士が進めてくれますが、訴訟を続けるべきか、和解すべきか、判例を調べて裏づけを持って判断し、社内的に説明するのは、われわれ知財法務部の仕事になります。もちろん弁護士は弁護士で判断しますが、彼らはなかなか「負けるから和解した方がいいですよ」とは言ってくれません。勝訴できるか、早い段階で和解すべきかは、あくまで社内の判断です。そのとき〈Westlaw International〉によるリサーチは欠かせません。
― 知財法務部の将来構想を教えてください。
奥村 人数的な拡大よりも、個々人の能力のレベルアップを図りたいですね。米国の法律事務所でロースクールを卒業して2~3年までの弁護士(アソシエート)は、主にリーガルリサーチをしたり、オピニオンを作ったりしていますが、このレベルの作業はカシオ社内でもできると思っています。したがって理想的には、部員の能力を、法律事務所で2~3年の経験を持つアソシエートのレベルまで引き上げたい。そうすれば、係争に巻き込まれても効率的に対処できますから。
コンシューマー商品はNPEのターゲットになりやすく、当社のように多数のコンシューマー商品を抱える企業は当然、訴訟の標的になります。米国で仕事をしていく以上、リーガルリスクへの対応能力は着実に高めなければなりません。〈Westlaw International〉はその強力なサポート役だと思っています。
(※敬称省略)