―御社は、業態から想像するよりも、ずっと長い歴史をもつ会社なのですね。
瀧田当社の創業は1959(昭和34)年で、半世紀前になります。海外の特許明細書の輸入業務が、黎明期の社業のメインでした。高度経済成長の前の時代ですから、そのころの日本の技術には見るべきものがなく、とにかく欧米のキャッチアップに懸命で、技術はほとんど輸入に頼っていた時代です。特許や実用新案などの知財分野は、「工業所有権」という名前で呼ばれ、地味な時代が続いていましたが、2000年ごろになって小泉政権下で「知的財産」「知財立国」として国家戦略に位置づけられ、一躍脚光を浴びるようになったのです。
「技術貿易」という社名が表しているように、当社は現在、特許や意匠、そして商標についての調査や出願、そして紛争処理に至るまで、企業の特許部門をサポートする業務を行っており、日本のみならず世界をフィールドに仕事をしていますが、近年は中国、インド、東南アジアでの業務拡大が急務になっています。
主たる業務の一つとして特許出願がありますが、日本国内においては弁理士の専業となる制度なので、3つの特許事務所と連携して業務を行っています。外国出願は当社で直接行うことが可能なので、日本企業との仲介役を担っています。そのほか商標業務や、その国で特許を維持するために支払う年金の管理・代行業務を世界的に展開しています。私たちIP総研は、特許調査関係の業務を担当しており、年間3,000~4,000件ほどの調査を行う部署です。
―知財分野では中国の存在感が急激に増しているようですね。
瀧田 特許をめぐる世界潮流の中で、中国の動きは見逃せません。中国は知財を国家戦略に据えており、特に近年、特許をはじめとする知財の登録件数が激増しています。昨年は特許が52万件、実用新案は58万件、意匠は52万件以上の出願が行われています。伸び率では世界最高で、数でもアメリカを追い越す勢いです。
日本では、特許と実用新案ふたつを足しても40万件に届かない規模であり、いかに中国の勢いがものすごいかがおわかりでしょう。日本企業は、知らず知らずのうちに中国企業が強力な競争者になっているかも知れない事態に、もっと注意を払うべきです。中国での知財戦略は、「攻めと守り」両面で展開する必要があります。
ものづくりや事業を行う場合、既に中国の会社によって特許の出願が行われていないか、十分に調べるべきです。そして、これから中国で展開しようとしているものづくりについては中国で特許出願し、類似の特許をブロックすることが必要であり、前者の「守り」の戦略と後者の「攻め」の戦略、これらを組み合わせながら、知財ビジネスを展開していくべきです。
―中国の知財に取り組むうえでの問題点とは何でしょうか?
瀧田 いま、ご紹介しましたように、特許の数が多く、特許を持つ企業の数も非常に多いのが特徴です。そして、中国企業から見て侵害案件だとみなすと、アクティブに動くことが多いのです。ですから訴訟になることも非常に多く、その「動き」をつかむことが非常に重要になってきます。さらに「言葉の壁」、言語・翻訳の問題も大きいのです。中国語はなまじ漢字が使われているので、理解できそうに思われるのですが、中国の漢字と日本の漢字は意味が異なっていることも多く、正確に理解しなければ、大きなつまづきの元になってしまうので、注意が必要です。
これら中国の知財戦略の特異性は、やはり新興国として勢いがあるインドと比較してみるとよく理解できます。インドは特許件数が少なく、実用新案に当たるものがありません。言語も英語なので、世界からアクセスしやすく、調査もしやすいのです。中国の特許調査の困難性がおわかりでしょうか。細心の注意が必要であり、日本企業には、その自覚がまだまだ足りないのですが中国企業と付き合わないわけにいかないのです。
―中国の特許関係の調査は、どのように行われているのでしょうか?
瀧田 特許情報に関しては、特許というものの性質上、そもそも公開されていますので、専門のデータベースがよく整備されています。すなわち、「このような特許があるかどうか」という調査のための環境は既に整備されています。しかし、「どんな紛争が起きているのか」という情報がつかみにくく、限られたコストで調査を尽くすのはなかなか困難な部分があります。そこに〈Westlaw China〉の大きな価値があるのです。
―それでは、〈Westlaw China〉をどのように使われているのか、具体的に教えていただけますか。
野崎 まず、中国の知財訴訟の状況について大づかみにするためのリサーチについてご紹介しましょう。件数自体はJETROの北京支局による「中国知財司法統計調査」でつかめますが、その内容や傾向など、それ以上具体的なことは一切わかりませんでした。そこで〈WestlawChina〉を使い、どこの裁判所で訴訟が行われているかをチェックして、一覧にしてみました。「中国では裁判所によって違う判決が出ることがある」ということが実務家の実感としてあり、なかば常識のように語られているのですが、データで裏付けできるほどの傾向は今まで読めませんでした。しかし、〈Westlaw China〉を使って判決内容を分析することで裏付けをとり、訴訟戦略を組み立てていくことが有効だと考えています。
―〈Westlaw China〉は、業界・企業など個別の調査にはどのように使えるのでしょうか。
老川 〈Westlaw China〉の判例データベースを使えば、個々の事件の内容がわかります。中国企業が出願件数を増やして知財の権利化を進めることにより、自社の技術に重なる特許を持っていて、権利行使されるリスクがあります。実際の訴訟になる前に、関連の特許について、中国の企業がどれだけ権利行使しているのか、その件数、判決額はどうかなどについて、実勢調査を行って把握することが、リスク測定として非常に役に立つのです。
〈Westlaw China〉を使ってキーワードで絞り込み、原告と被告、判決番号、そして差止があったか、判決額や和解の有無などの決着について、判決文を読んでリスト化し、サマリーを作りました。訴訟開始時の請求額、判決直前の請求額と最終的な請求額なども項目化して分析することで、裁判に持ち込まれたが判決で認められた額が低く、裁判に持ち込まれた場合でもさほどのリスクとはいえない、という評価をすることによってリスク測定も可能になります。
さらに裁判とは別に、無効審判が申立てられているかどうかまで調べれば、訴訟の全体像をもれなくつかむことができます。クライアントによっては、コストとリスクのバランスを測定したいというニーズがあります。その場合には、定量分析的なリサーチを行います。〈Westlaw China〉では訴訟のカテゴリー分けが行われていて、侵害訴訟かどうかなどきちんと分類されていましたので便利です。
野崎 実際に訴訟となる場合の準備の調査については、相手がどういう企業なのかを早くつかむことが肝要です。まず、相手の訴訟履歴をチェックします。訴訟慣れしていないのであれば、いわゆるパテントトロール的な企業ではないことが予想されます。このあたりは、紛争になる具体的な予兆がなくても予防的に調べておきたいというニーズがあります。日本企業の間に、中国には知財リスクがあるという認識がそれほどないのが現状です。中国企業の開発や生産管理部門に、かなりの日本人技術者の流出もあり、中国も、R&D拠点のみの設立は許さない方針です。研究開発拠点が作られれば、職務発明の問題もいずれ出てくるでしょう。そのような流れの中で、私たちはトレンドを見定め、紛争を予防するサポートを行っています。
―〈Westlaw China〉をお使いいただいて、ご感想はいかがですか。
呉 実際に使ってみての〈Westlaw China〉の良さとしては、サーバが安定していて早いことが挙げられます。また、アップデートが早く行われていて、常に新しい情報がとれるのも大きなメリットです。
Westlaw China担当 袁 〈Westlaw China〉では、法令87万件あまり、「キーナンバーシステム」とも呼ばれる、論点整理が2万6000件、判決が90万件、判決要旨が7000件ほど、そのほか解説や雑誌論文などを豊富に収録しています。知財関係の判決は必ず公開することになっていますので、網羅性はかなり高いと申し上げていいでしょう。公式の情報源からのデータはもちろん、実務家からの情報提供など、広く情報を集める努力をしています。その結果、法令では他社よりも2.3割程度、判例では他社より倍以上多く収録しています。また、主要な法令には正確な英訳がついているため、漢字の誤読を避けられる強みがあります。また、中国法のわかるスタッフが、日本語でサポートする体制もありますので安心です。
―逆に、なにかご要望はおありでしょうか。
野崎 さきほどご紹介したように、特許分野では、個別の訴訟の内容を調べると同時に、数を集めて定量分析をすることで、傾向を見ることが多いのです。(参考:野崎篤志『経営戦略の三位一体を実現するための特許情報分析とパテントマップ作成入門』発明協会)ですから、データをCSV形式で落とし、Excelなどを使って分析したいというニーズがあります。
澤田 特許のクラスや番号から検索が出来たり、国際特許分類(IPC分類)から検索できるようになっているとよりよいと思います。 特許分野では、車や半導体などの特許分類で見たいというニーズがあり、また、一審と二審で、日本でいう事件番号が異なりますので、同じ事例で相互にリンクできるようになっているとより便利ですね。
―定量分析という考え方は、法律関係者やリーガル・リサーチの観点にはないものですね。しかし、対象が多い訴訟分野では有効だと思います。示唆に富むご指摘です。
澤田 アメリカと並んで、中国も訴訟大国になったといえるのではないかと思われますが、日本企業の認識はまだまだです。大きな訴訟に負けるまで、その意識は薄いままなのかも知れませんが、そうなる前に手を打っておきたいものです。
(※敬称省略)
日本技術貿易株式会社
IP 総研 所長 / 澤田 正彦 氏
IP 総研 マネージャー / 野崎 篤志 氏
IP 総研 主任研究員 / 老川 裕之 氏
IP 総研 研究員・理学博士 / 呉 礼 氏