判例コラム
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第187回 死刑制度の存廃を検討することは不可欠ではないか

おおとり総合法律事務所 弁護士
専修大学法科大学院教授
矢澤 昇治

第二東京弁護士会人権擁護委員会死刑部会に身をおく立場から一言する。
去る、3月29日の午前、小川法相は3人の死刑を執行した、と発表した。民主党政権では千葉元法相以来2人目で、前回の執行から1年8ヶ月ぶりである。小川法相は、その執行理由を「執行は法相の職責だ」「職責を果たすべきだと考えた」と述べた。就任してわずか3ヶ月にすぎないにも関わらず、小川法相によれば、死刑制度が存在するので執行するのは当然だということであろう。

しかし、3月29日付で、第二東京弁護士会澤井会長が「死刑執行に関する声明」を出したように、刑罰としての死刑制度については、2012年現在の死刑廃止国(10年以上執行を停止している事実上の禁止国も含む)は141か国であり、死刑存置国は58か国にすぎない。わが国は、死刑の廃止という世界の潮流から逸脱していると言わなければならない。そして、死刑の執行を停止した上で、政府が死刑の廃止に関する情報を国民に公開し、広く国民的な議論を行うべきであるとしてきた。これは、国連の「自由権規約人権委員会」が2008年に行った日本の人権保障状況の対日審査により、1998年以来日本の死刑廃止制度について批判が集中し、「死刑廃止に向けた措置を執るべきだ」と勧告したにもかかわらず、日本政府が「世論の支持」を死刑存続の理由として、死刑廃止に向けて対応してこなかったことに対して、委員会が「刑廃止に向けて世論をリードすべきだ」との勧告に添うものである。そして、日本弁護士連合会も、昨年(2011年)10月7日の人権擁護大会において「罪を犯した人の社会復帰のための施策の確立を求め、死刑廃止についての全社会的議論を呼びかける宣言」を採択した。

小川法相の死刑執行にも悲憤慷慨したが、メディアは、更に深刻な状況を報道した。千葉元法相が省内に「死刑のあり方についての勉強会」を設立し、「国民的議論」を呼びかけたが、この勉強会も党三役と省幹部で構成され、非公開が原則であった。この事態を打破しようとしたのが、平岡前法相である。その在任中、「より国民に関心を持ってもらえる議論が必要だ」として、死刑制度の存続・廃止を含めた検討を法制審議会に諮問しようと法務省内で提案したが、省内では消極的意見が出て見送られたが、有識者による議論を始めようとしていたという。ところが、小川法相は、千葉元法相の勉強会の打ち切りに加え、平岡前法相の指示した有識者会議の設置をも見送ったというのである(朝日新聞2012年4月7日)。

小川法相は、自己の果たすべき職責が何であるかを熟慮する必要がある。国連の自由権人権規約委員会は日本も批准した条約に基づきその職務を果たしている組織である。そして、同委員会は、日本政府に「死刑廃止に向けて世論をリードすべきだ」との勧告をしたのであるから、政府そして法相は、その職責において国民的な議論をリードするのは当然であるといわなければならない。死刑制度の存廃の検討は、法相の裁量、個人の好き嫌いでしないで済ませることのできる問題ではないと言わなければならない。

裁判は、常に誤判の危険を孕んでいる。死刑確定囚が、再審により雪冤した事案も多々確認され、また、冤罪の疑いがありながら死刑執行されたと思しき事案も少なからず存在する。凡そ、刑事事件で、裁判員に全ての証拠が開示されず、被告人に不利な証拠だけが提出され、また、被疑者や被告人を有罪に貶める証拠が捏造されることもなされるのが日本の司法である。先頭を切って、この事態を改善することこそが、法相の職責ではないのか。

2012年3月10日、袴田巌は76歳の誕生日を迎えた。事件発生後45年間、想像を絶する確定死刑囚として獄中の囚われ人である。今月にも出される白半袖シャツに付着する血液のDNA型鑑定結果に対して、小川法相がどのような職責を果たすかを注目したい。

 

(掲載日 2012年4月16日)

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