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第180回 司法過疎地域がなくなる日

法律事務所オーセンス※1
弁護士 元榮 太一郎

2011年12月18日、旭川地裁紋別支部管内の北海道紋別市に「流氷の町ひまわり基金法律事務所」が開所され、地方裁判所支部単位での「ゼロワン地域」が解消された。もっとも、2012年2月1日現在では、金沢地裁輪島支部が再びワン地域となっており予断を許さない状況は続いているが、一時的だったとはいえ、ゼロワン地域が初めて解消されたことは、日本司法の歴史にとって大きな進歩である。

ゼロワン地域とは、全国の地方裁判所・家庭裁判所の支部管轄区域内において法律事務所が全くないか、または1か所しかない地域をいう。このゼロワン地域は、1993年7月1日当時、弁護士が全くいないゼロ地域が50か所、弁護士が1人しかいないワン地域が24か所の合計74か所あった。つまり、全国の支部管轄203地域のうち約4割の地域がゼロワン地域であったことになる。

ゼロワン地域の問題点は、主として市民が司法へアクセスしづらく法的なサービスを受けることができないことにある。不便な司法の象徴とさえ言われてきた。弁護士が全くいないゼロ地域は当然、たとえ弁護士が1人いるとしても、裁判になった場合には一人の弁護士が両当事者の代理人となることはできないため、一方当事者は遠くの別の弁護士に依頼せざるをえなくなる。

この問題が急速に解決した背景には、日弁連の取組みと弁護士人口の増加があると考えられる。第1に日弁連の取組みである。例えば、日弁連は、2000年6月から順次過疎地域に弁護士が2~3年の任期で赴任する「ひまわり基金法律事務所」を設立してきた。2012年2月1日現在では、今までに累計109か所に設置され、74事務所が稼働している。前述したように、1993年当時ゼロワン地域が74か所あったことに鑑みれば、ひまわり基金法律事務所がゼロワン地域の解消に大きな役割を果たしたことは明白であろう。

第2に弁護士人口の増加である。2012年2月6日時点で、日本の弁護士は3万2460人である。1995年時点では、1万5110人であったから、その倍以上の弁護士が存在することになる。司法試験合格者数は、1990年までは500人前後で推移してきたが、その後徐々に増加し、2007年以降約2100人から2200人と大幅に増えている。過疎地域へ赴任するのは、急増した若手弁護士が担っているところが大きい。急増した若手弁護士の多くが、都市部での就職難の中、地方を魅力的な就職先と捉えつつあるという事情が背景にある。

しかし、ゼロワン地域の解消は、あくまで通過点に過ぎないということを忘れてはならない。すべての地域において、多様な弁護士サービスを選択できる環境が整備されることこそが、成熟した司法国家になるためには不可欠であろう。そのためには、将来過疎地域解消の役割を担っていく法曹の卵たちの登竜門である法科大学院の制度的課題を克服しなければならない。

現在は、原則として法科大学院を卒業した者が司法試験の受験資格を有することから、ほとんどの者は法科大学院に行かなければ弁護士になることができない。その法科大学院ごとに毎年司法試験の合格率が発表されているのだが、東京大学、一橋大学、慶應義塾大学、中央大学をはじめとする合格率が高い大学院は東京に集中し、地方では京都大学や神戸大学など一部の大学院が高い合格率を出しているにとどまる。地方の法的アクセスを担っていくであろう地方の法科大学院生が弁護士になれない状況は、司法過疎を考える上で好ましくない。

その一方で、制度発足当初に法科大学院が乱立したことは全体の合格率の低迷など司法試験制度に影を落とし、経済的に法科大学院進学は無理と考える学生や社会人などは司法の道へ進まなくなってきている。

このような問題の解決策としては、例えば、過疎地域で何年間か弁護士業務をした場合に、法科大学院の奨学金の返済や司法修習生に対する貸与の返済を一部又は全部免除するといった経済的優遇措置を取り入れることで、弁護士への門戸がより開かれる方向に作用させると同時に、司法過疎解消にもつなげていくといった方法が考えられる。日弁連や政府・文部科学省は大局的な視点から議論を続け、司法と過疎地域のより良い形を更に深く模索すべきだろう。

(掲載日 2012年2月27日)

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