判例コラム

 

第165回 冒認特許に対する移転登録請求権の新設とその課題

-2011年特許法改正の争点-

北海道大学法学研究科教授
田村 善之

改正の概要

特許を受ける権利を有しない者がなした出願を講学上、冒認出願と呼ぶ(2011年改正による49条7号と123条1項6号の文言改正を参照)。

冒認出願がなされた場合、従前の裁判例では、真の発明者(もしくはその承継人)が自ら特許を出願しており、それが譲渡証書を偽造されることにより、出願名義が冒認者に書き換えられた場合に限り、例外的に、真の発明者は冒認者が取得した特許の移転登録を請求しうることができるとされるに止まっていた(最判平成13.6.12民集55巻4号793頁[特許判例ガイド106][生ゴミ処理装置]、評釈として、松田竜[判批]知的財産法政策学研究3号(2004年)http://www.juris.hokudai.ac.jp/coe/pressinfo/journal/vol_3.html、東京地判平成14.7.17判時1799号155頁[ブラジャー])。それを、平成23年改正は、特許を受ける権利を有する者は特許権の移転を請求することができる旨を定めるに至った(74条1項)。この請求に基づく移転登録がなされた場合には、当該特許権は初めから当該登録を受けた者に帰属していたとみなされる。他方、移転登録前に特許権の登録の名義を信頼して実施をしていた者を保護するために、移転登録前の当該特許権にかかる特許権者、専用実施権者、通常実施権者は、移転登録の際に、善意で実施の事業もしくは事業の準備をなしていた場合にはその範囲内で通常実施権を有することとされた(79条の2第1項)。ただし、その場合、特許権者に対して相当の対価を支払わなければならない(79条の2第2項)。

本改正は、日本の特許法にとって全く新しい制度を導入するものであったために、今後、詰めていかなければならない課題も少なからず残っているように思われる。以下、思いつくままに、既に議論されている、あるいは今後議論されそうな論点を俯瞰してみよう。

発明+出願と引き換えに特許権を付与する特許法の原則との関係

しかし、特許法の原則は、発明をして、出願をして初めて特許権を得ることができるというものである。その点、従前の裁判例は、被冒認者が出願をなしており、その出願がいわば盗取された場合に限り移転請求を認めていたのであるから、特許法の原則との齟齬はなかった。これに対して、今回の改正は、被冒認者は、発明をしただけで出願をしていないにもかかわらず特許権を取得できるところが特徴的である。

この帰結をマクロ的な特許政策という観点から正当化することは困難であるといわざるをえない。結局、説明の仕方としては、これは政策的な見地に基づいて特許権の帰属先を決めるという話ではなくて、被冒認者と冒認者間の当事者間の利益を衡量した結果、この2人の間では、どちらかといえば発明をした者に特許権を帰属させるべきであると判断したのだということなのだろう。つまり、元来は特許政策の問題ではなく、両当事者間の債権債務関係の問題であり、ただその対象が特許権だったと理解すべきかと思われるのである。

もっとも、このように当事者間の債権債務関係の問題であると理解すると、別の課題が発生する。それは、日本民法は、他人のために他人の事務を管理する者に対して当該事務の推考仮定で取得した権利等を他人に引き渡す義務を定めているが(参照、民法697条・701条・646条)、他人のためにする意思を欠き、悪意で他人の事務を管理する者に対する準事務管理に対しては規律を欠くので、一般的には準事務管理を理由とする引き渡し請求権は否定されている。しかるに、何故、特許権だけ突出するのかという説明をつけることはなかなかに困難である。かりにそのような区別に合理的な理由がないということであれば、一般的に準事務管理を導入すべきではないかという民法にも跳ね返る話となりえよう。

冒認者が改良発明をなした場合の移転登録請求権の取扱い

今回の改正では、共同出願の原則に違反した出願の場合、たとえば甲乙2人が共同で発明して、うちの乙が勝手に無断出願をした場合には、他の共有者は持ち分の移転請求が可能であるということを前提にした規定が置かれている(74条3項)。

しかし問題は、冒認者が改良を加えるなど真の発明者のなした発明と食い違う発明について出願をなしている場合にどうするのか、ということは定かではない。改良の仕方としては、発明の内容自体が改良発明に変えられることもあれば、関連はするが独自の発明について請求項が追加される場合もあるだろう。このような改良型の冒認出願に共同出願違反の取扱いを準用することはできるのだろうか。

著作権法上の共同著作物は、分離不可能性と共同創作の意思を要件とするが(著作権法2条1項12号)、特許法には共同発明に関する定義はない。しかし、何ら共同行為がない単なる改良発明一般に共同行為として特許法73条の譲渡制限等の制約を課すことは正当化しえないから、共同発明に該当するためには、元来は、共同発明の意思が必要となると解される。

しかし、冒認の場面に限っては、少なくとも冒認者の不利益は勘案する必要はない。、被冒認者も、何も救済がないよりは持分の移転を受けて共有となった方がまだましといえる。もし被冒認者が共有関係に入りたくないのであれば、あくまでも無効を追求すればよい。その意味で、この場面では、共同発明に準じて取り扱い、被冒認者は、貢献度に応じた持分に基づく移転登録を請求することができると解すべきであろう(74条3項の規律の適用ないし類推適用)。

他方、冒認出願者が請求項を追加している場合、商標権と異なり、特許権の場合には、出願の分割という制度はあるが、登録後の、特許権の分割という制度は設けられていない。したがって、甲が発明したのが請求項1にかかる発明であるところ、乙が甲に無断で請求項2を追加して単独出願をした場合、甲は請求項1に関して特許権を分割したうえでその移転の登録を求めることはできない。あくまでも、特許発明全体に対する発明1の貢献度によって定められる自己の持分の移転登録を求めることができるに止まる、と解さざるを得ないところがある。もっとも、すでに異論が唱えられており(参照、シンポジウム「改正特許法の評価と課題 ―実務・理論の両面から 第2部パネルディスカッション」38頁(竹田稔発言)http://www.kisc.meiji.ac.jp/~ip/05.html)、少なくとも立法論としては請求項を区切った移転登録を認めたほうが話が早いように思われる。

民法の第三者保護規定との関係

移転登録請求に対するいわば新たな中用権が設けられたことで(79条の2第1項)、何をもって冒認と考えるのかということが問題となる。

たとえば、特許を受ける権利の譲渡契約が詐欺により取り消された場合、民法上、遡及的に契約が無効とされるのであるから、譲受人による出願が遡って特許を受ける権利を有しない者のなした冒認出願であると評価しうることになる。同じく譲渡契約が譲渡代金不払い等の債務不履行により解除された場合にも、解除の効果に関する理解の仕方次第では、遡及的に契約が無効ということになり、同様に冒認出願と評価しうることになる。

かりにこれらの場合に冒認出願と評価されるということになると、冒認者から特許権を譲り受けた者や、冒認者からライセンスを受けたライセンシーは、特許法79条の2の中用権ばかりでなく、民法96条3項や民法545条3項の第三者としても保護されることになるから、どちらの規定が優先的に適用されるのかということが問題となる(「座談会 改正特許法の課題」Law & Technology 53号16頁(2011年)(三村量一発言))。これらの規定は要件や効果の点で、効果の点で相違があるために、議論の実益がある。たとえば、要件についていえば、民法96条3項であれば善意(学説次第で+無過失)、民法545条3項であれば主観的要件はない。効果についていえば、民法96条3項や545条3項の下では相当の対価の支払いは不要であることにくわえて、特許権の譲受人は単なる実施権ではなく特許権自体を保持したままとすることができる(なお、詐欺による取消後、解除による終了後、それにも関わらず元譲受人が出願をなした場合には、単純な冒認と同様に取り扱ってよく、ゆえに取消前、解除前に出願がなされている場合に限り、上記の問題が生じると解される)。

両者のうち、どちらが一般法でありどちらが特別法なのかということは一概には決しえないが、特許法79条の2第2項が冒認の原因を問わない一般的な規定となっていることに鑑みると、詐欺や解除などが原因となっている場合には民法の第三者保護の規定が優先的に適用されると解すべきであろう。そもそも民法上の遡及効と冒認という事実は無関係と考える方策もありえるように思われる。

(掲載日 2011年10月17日)

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