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第64回 抗体医薬-温故知新の技術革新

高島国際特許事務所※1
所長・弁理士 高島 一

医薬品市場の成長が足踏み状態の中、抗体医薬は30~40%の急成長を続けている。動物は、病原体や癌細胞などの異物から身を守るための生体防御システムとして免疫を有しているが、その中心的役割を担っているのが抗体である。異物が体内に入るとその異物と特異的に結合する抗体を作り、異物を排除するように働く。我々の身体はどんな異物が侵入しても、ぴったり合う抗体を作ることができる。鍵と鍵穴の関係のようなものだ。鍵穴にはまらない正常な細胞は攻撃しないので、副作用が少なく、本来理想的な医薬のはずだ。

抗体の発見者は北里柴三郎だといっていいだろう。彼は、破傷風毒素を注射したマウスの血清を他のマウスに注射すると、そのマウスは破傷風にならないことから、血清中に毒素を中和する「抗毒素」があることを発見したが、この抗毒素こそがまさに抗体だったのである。破傷風の血清療法はジフテリアにも応用され、この研究を行ったベーリングは第1回ノーベル医学生理学賞を受賞した。北里が選に漏れたのが人種差別によるのかどうかはどうでもよい話だろう。北里自身は医学大国のドイツで名声を得ており、北方の小国が与える賞には、そもそもあまり興味がなかったらしい。

しかし、血清療法には問題がある。1つは血清の中には色々な抗体が混じっていて目的の抗体だけを取り出すのが簡単でなかったことだ。この問題は「モノクローナル抗体」と呼ばれる技術が開発され、目的の抗体を大量に生産できるようになって解決した。2つめは、抗体はマウスから作るので、それ自身が人間にとっては異物であり、それに対する抗体が作られて薬効が低下したり、アレルギー反応が出たりすることだ。実際、マウス抗体で承認されたのはわずか2品目である。この問題は遺伝子組換え技術により解決された。抗原を認識する鍵穴の部分はマウス抗体のごく一部なので、その部分だけを残して、遺伝子の切り貼りにより他の部分をヒトの抗体遺伝子で置き換えた抗体が作製された。2/3をヒト抗体で置き換えたキメラ抗体、90%以上をヒト抗体で置き換えたヒト化抗体が80年代、90年代に相次いで作製され、その後抗体医薬は次々と上市されるようになった。現在では、完全なヒト抗体を産生するマウスやウシまで開発されている。

モノクローナル抗体技術は、抗体の細胞学的側面での進歩と捉えられる。一方、ヒト化技術は遺伝子工学的側面での進歩であるが、それを可能にしたのはモノクローナル抗体であるから、両者は密接に関連している。そして、ヒト抗体産生ウシが開発された現在、抗体医薬は、再び血清療法的な使用を視野に置き出している。癌治療抗体を例にとると、モノクローナル抗体は癌細胞のある特定の目印にしか結合できないが、癌細胞を免疫したウシの体内では、癌細胞の色々な目印にそれぞれ結合できるヒト抗体の混合物が作られる。この混合物(ポリクローナル抗体という)は、よってたかって癌細胞を攻撃できるので、モノクローナル抗体より有利である。しかもウシを飼育して毎日乳を搾ればその中に抗体が含まれているので、無尽蔵にヒト抗体を作り出すことができる。遺伝子組換え技術が、古臭い技術と考えられたポリクローナル抗体を最先端技術に変貌させる。抗体医薬の技術革新は、遺伝子工学と細胞学の2つの側面の進歩が対をなしつつ階段状ではなく、スパイラル状に発展していく「二重らせん構造」さながらの軌跡を描いているように思える。

(掲載日 2009年6月22日)

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