判例コラム
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第174号 再審 刑訴法435条6号の解釈適用 

~最一小決令和元年6月25日 再審開始決定に対する即時抗告棄却決定に対する特別抗告事件※1

文献番号 2019WLJCC019
日本大学大学院法務研究科 教授
前田 雅英

Ⅰ 判例のポイント

 いわゆる「大崎事件」の第3次の再審請求に対して、最高裁は、鑑定等の新証拠が無罪を言い渡すべき明らかな証拠に当たるとして再審開始の決定をした原々決定及び結論においてこれを是認した原決定にはいずれも刑訴法435条6号の解釈適用を誤った違法があるとした。
 再審開始の決定をした鹿児島地決平成29年6月28日※2 及び、結論においてこれを支持した福岡高宮崎支決平成30年3月12日※3が存在するにもかかわらず、最高裁がその結論を覆したので、「最高裁が、原審・原々審の再審開始判断をはじめて覆したもの」としてマスコミなどでも大きく取り扱われた判例である。白鳥決定以来の「再審における疑わしきは被告人の利益に」という原則が揺らぐのではなどの指摘も見られたが、本決定の詳細な判示は、十分に説得性のあるものと思われる。

Ⅱ 事実の概要

  1. 1  再審請求人(以下、「請求人」という。)は、昭和25年3月Aと結婚して、Aや同居しているその弟B、Cと共に農業に従事し、勝ち気な性格で、長男の嫁としてF家一族に関する事柄を取り仕切っていた。C(当時42歳)は日頃から酒癖が悪く、親族らに迷惑をかけたりしていた。さらにCは、請求人によって妻と離婚させられたことなどから請求人に反感を抱き、酒に酔っては請求人を「打ち殺す」などと言って暴れ、請求人夫婦及びBは日頃からCの存在を快く思っていなかった。
     昭和54年10月12日、親戚の結婚式に、Cを連れていかなかったところ、Cは、同日酒を飲んで外を出歩き、午後8時頃酔い潰れて道路脇の溝に落ちているのを地域の住人に発見され、家まで送って貰ったが、住人は、前後不覚の状態で着衣がぬれて下半身裸となっていたCを土間に置いたまま帰った。請求人は、近隣の住人に迷惑を掛けたCが泥酔して土間に座り込んでいるのを認めて、同人に対する恨みが募り、この機会に同人を殺害しようと決意し、B、次いでAに対し、共同してCを殺害しようと話を持ち掛け、両名は、いずれもこれを承諾した。
     そして、請求人は、A及びBと共謀の上、Cを殺害するため、同人の絞殺に使うタオルを携帯して、同日午後11時頃、同人方に赴き、同所土間で泥酔のため前後不覚となっている同人に対し、A及びBがCの顔面を数回ずつ殴打し、その場に倒れた同人を請求人を加えた3名で足蹴りするなどし、更に3名で六畳間において、請求人が「これで絞めんや」とタオルをAに渡し、BがCの上に馬乗りになってその両手を押さえ付け、AがタオルをCの頸部に巻いて交差させた上、請求人から「もっと力を入れんないかんぞ」と言われて、両手でその両端を力一杯引いて絞め付け、よって、Cを窒息死に至らしめた。
     さらにその後、Bが一旦帰宅してその長男DにCの死体を遺棄するため加勢を求め、請求人は、A、B及びDの3名と共謀の上、同月13日午前4時頃、請求人が照らし出す懐中電灯の灯りの下で、前記3名が、Cの死体を同人方牛小屋に運搬した上、請求人から「まだ浅い、もっと掘らんか」と指図されて、同所の堆肥内にそれぞれスコップ又はホークを用いて深さ約50㎝の穴を掘って、その中に前記死体を埋没させ遺棄したという事案である。
     本決定は、関係証拠から認められる客観的状況として以下の点を挙げている。
    • ① 昭和54年10月15日昼過ぎ頃、C方牛小屋の堆肥置場において、堆肥に完全に埋没した状態で同人の死体が発見された。
    • ② I旧鑑定の結果、Cの両肺の気管支内腔に堆肥の粉末等が侵入したように見受けられないとされ、堆肥に埋没した状態で死亡したものではないと推測された。
    • ③ Cは、同月12日、酒を飲んで外を出歩き、夜になって道路脇の溝付近に倒れているのを地域の住人に発見されている。
    • ④ C方は、A方及びB方に隣接しており、これらの敷地はそれぞれ周囲を崖や林に囲まれていることなどから、夜間、C方敷地内に立ち入る者として、同人方、A方及びB方の居住者か、これらの居宅への来訪者以外は現実的には想定し難い。
    • ⑤ C方には物色された形跡がなかった。
    • ⑥ 請求人とCの間には確執があり、請求人、A及びBは日頃からCの存在を快く思っていなかった。
    • ⑦ 確定判決において証拠の標目に掲げられたI旧鑑定は、Cの死体は腐敗が著しく、頸部等に外力が作用した痕跡の他に著しい所見を認めないので窒息死を推定するほかないなどというものにすぎず、死因を断定するものではなかった。
     そして、最高裁は、「A、B及びDの各自白並びにEの目撃供述が存在し、これらが大筋で整合している。また、G及びHは、溝付近で倒れていたCをトラックの荷台に乗せて、同人方に連れ帰り、生きている状態の同人を土間に置いて立ち去ったという旨の一致した供述をしており、前記の客観的状況からの推認やA、B及びDの各自白並びにEの目撃供述の信用性を判断するに当たっての前提となっている」としている。
  2. 2  鹿児島地裁における第1審公判では、A、B及びDが本件犯行を認めたが、請求人は、殺人及び死体遺棄事件への関与を否認していた。鹿児島地裁は、請求人を懲役10年、Aを懲役8年、Bを懲役7年、Dを懲役1年に処したが、請求人のみ控訴した。他の3名はいずれも控訴せず、3名に対する第1審判決は確定した。
      Cの死体を解剖したI教授作成の鑑定書(I旧鑑定)は、死体の腐敗が著しいため、損傷の有無、程度等が判然としないが、頸部、右側胸腹部、右上肢及び両下肢に外力が作用した痕跡があり、内部においても、頸部、右胸郭等に外力の作用した痕跡が認められ、他に著しい所見を認めないので、窒息死を推定するほかない、仮に窒息死したものとすれば頸部内部の組織間出血は頸部に外力の作用したことを推測させ、他殺を想像させるというものであった。
      福岡高裁宮崎支部は控訴を棄却し、上告も棄却され、前記鹿児島地裁判決が確定した。
  3. 3  第1次再審請求において、請求人は、同人、A、B及びDのいずれも本件各犯行に関与していないと主張し、弁護人は、Cは溝に自転車ごと転落して事故死した可能性が最も高いから、絞殺を前提とする前記3名の各自白及び確定判決の認定事実はCの死因と矛盾するなどとして、新証拠としてI教授により作成された補充鑑定書(I新鑑定)、J教授により法医学的見地から作成された鑑定書(J鑑定)等を提出し、鹿児島地裁は、I新鑑定及びJ鑑定によれば、Cの死体の頸部には絞殺を示す外部所見も内部所見も認められないから、死体の客観的状況はA及びBの各自白による犯行態様とは矛盾する可能性が高く、これらの自白の信用性を再検討する必要性が生じ、客観的証拠、A、B、Dその他の関係者の供述等の新旧全証拠を総合評価した結果、請求人、A、B及びDを本件各犯行について有罪とするには合理的な疑いが生ずるとして、平成14年3月26日、再審開始を決定した※4
     しかし、福岡高裁宮崎支部は、平成16年12月9日、I新鑑定及びJ鑑定は、A及びBの各自白に基づく犯行態様や死因に疑いを生じさせないなどとして、鹿児島地裁の決定を取り消し、再審請求を棄却した※5(その後、平成18年1月30日、特別抗告棄却により、再審請求棄却が確定※6)。
  4. 4  第2次再審請求で、弁護人は、A、B及びDの各自白の信用性を減殺する新証拠として、L医師による法医学的見地からの意見に関する証拠、M教授及びN教授が供述心理学の立場からA、B及びDの各自白等を対象として行った鑑定に関する証拠(M・N旧鑑定)等を提出し、A、B及びDの自白には変遷があり、体験に基づかない供述であることを示す兆候もみられると主張したが、鹿児島地裁は、A、B及びDの各自白の信用性を動揺させるような証拠価値は新証拠には認められないなどとして、平成25年3月6日、再審請求を棄却し※7、即時抗告は平成26年7月15日に、特別抗告は平成27年2月2日に棄却された。
  5. 5  第3次再審請求は、O教授による法医学的見地からの意見に関する証拠(O鑑定)並びにM教授及びN教授が供述心理学の立場からEの供述を対象として行った鑑定に関する証拠(M・N新鑑定)を提出して、刑訴法435条6号により再審開始の決定を求めるというものである。
      O鑑定の骨子は、①頸部圧迫による窒息死の死体であれば、腐敗が進むと、鬱血、死斑、血液就下は黒くなるはずであるが、Cの死体は、顔面、体の外表や筋肉が白っぽく、頸部を力一杯絞めて殺したとする確定判決の認定事実と矛盾するし、②死体には、骨折等による出血等の存在を示唆するものが見られて本来切開すべきであるが、I旧鑑定はこれを怠っており、③死斑、血液就下、腐敗血管網を認めず、体の右側に打撲によると推定される広範な出血を認めるCの死因は、農道上の発見状況も勘案すれば、出血性ショックである可能性が極めて高いというものである。M・N新鑑定の骨子は、Eの供述には、体験記憶に基づかない情報が含まれている可能性が高く、その信用性評価は慎重に判断する必要があるというものである。
  6. 6  原々審は、O鑑定によっても、死体所見が頸部圧迫による窒息死と矛盾することまではいえないが、窒息死であること等を積極的に示す所見がないことを明らかにしたことにより、I旧鑑定の証明力を減殺させ、共犯者3名の各自白の主要な支えであったI旧鑑定が支えとしての証明力を失い、M・N旧鑑定を踏まえると、共犯者の自白の信用性を代わりに支えられるほどの証明力はないことが明らかになったので、確定判決の事実認定については、そのような共謀も殺害行為も死体遺棄もなかった疑いを否定できないとして、再審開始の決定をした。
      原決定は、O鑑定が確定判決の認定事実と解剖所見が矛盾するとし、Cの死因は自転車ごと溝に転落した事故等による出血性ショックであった可能性が高いとした結論部分は十分な信用性を有し、O鑑定の影響により、Cは溝に自転車ごと転落したことにより既に出血性ショックで死亡した(瀕死の状態に陥った)ことの可能性が相当程度に存在することになり、共犯者の供述は、そのような状態のCを同人方に運び入れた様子としては不自然、不合理であるとした。
      Cの死体を堆肥に埋没させた犯人像につき、A方及びB方の居住者に限定すべき合理的根拠も存在しないこととなり、出血性ショックにより死亡した可能性が高いことも併せ考慮すると、請求人、A及びBがCを殺害した犯人であるとみるのは合理的な根拠がない。
      頸部圧迫による窒息死とみることと矛盾する客観的証拠(O鑑定)が存在するから、A、B及びDはいずれも通常人より知能が低いとされていることなどを踏まえると、O鑑定が確定審において取り調べられた場合には、A、B及びDの各自白の信用性には重大な疑義が生ずることとなる。各自白並びに目撃供述には内容の変遷も見られるとし、O鑑定は、新旧全証拠との総合判断により、確定判決の事実認定に合理的疑いを生じさせるに足りる証拠であると認められるとしたのである。

Ⅲ 判旨

 最高裁は、確定判決が、客観的状況から推認できる事実とA、B及びDの各自白並びにEの目撃供述があいまって犯行に至る経緯及び罪となるべき事実を認定したとし、今次再審請求に関する原決定が、M・N新鑑定はEの供述の信用性に影響を及ぼすものではないと判断した点は是認できるとした上で ※8、O鑑定の証明力についてCの死因又は死亡時期に関する認定に決定的な証明力を有するものとまではいえないと判示し、これが無罪を言い渡すべき明らかな証拠といえるか否かは、その立証命題に関連する他の証拠それぞれの証明力を踏まえ、これらと対比しながら検討すべきとした。
  まず、O鑑定によってI旧鑑定が信用性を否定されたとしても、そのことから直ちに確定判決の頸部圧迫による窒息死との認定に合理的疑いを生じさせる関係にはないとした原決定は、合理的であるとした。その上で、一方で、I旧鑑定以外の確定判決を支える証拠に対し、「O鑑定が、Cの死因又は死亡時期との関係で合理的疑いを生じさせる」とした原決定は、誤りであるとしたのである。
  第一小法廷は、「原決定が、…O鑑定を根拠としてG及びHの各供述が信用し難いとし、A、B及びDの各自白の信用性に重大な疑義が生ずることになるなどとした点は、O鑑定の問題点やそれに起因する証明力の限界を十分に考慮しないまま、確定判決を支える証拠の証明力について吟味することなく、O鑑定を決定的な意味を持つ証拠であると過大に評価し、実質的な総合評価を行わずに結論を導いたもので、不合理であるといわざるを得ない。O鑑定は、確定判決の事実認定について合理的な疑いを抱かせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠とはいえない。」と判示し、「以上の検討を踏まえると、O鑑定にM・N新鑑定を含むその余の新証拠を併せ考慮してみても、確定判決の事実認定に合理的な疑いを抱かせるに足りるものとはいえない。したがって、O鑑定が無罪を言い渡すべき明らかな証拠に当たるとした原決定の判断には刑訴法435条6号の解釈適用を誤った違法があり、O鑑定及びM・N新鑑定がそのような証拠に当たるとした原々決定の判断にも同様の違法があるといわざるを得」ないとした。

Ⅳ コメント

  1. 1  本決定には、マスコミ・ネット上で、法的な安定性を重視し、一度確定した判決を再審で簡単に覆すべきではないとする最高裁の考えが示されているとか、鑑定の評価と再審開始のハードルを上げたのではないかとの指摘もある。
      たしかに今回の最高裁決定は、法医学者が遺体を直接見ておらず、鑑定の根拠が解剖時に撮影された12枚の写真だったことを挙げて「証明力に限界がある」と批判している。ただ再審の審理は、事件発生から相当の年月を経たケースが大半で、遺体などの証拠は失われていることが多く、事件当時の解剖所見や捜査資料を改めて専門家が鑑定し、新証拠として提出する場合も多い。その意味で最高裁への批判も、根拠がありそうに見える。しかし、遺体を直接見ていないことだけで証明力を低く見たわけではないことも明らかである。そして、「再審開始のハードルは低い程よい」というわけではないことも明らかである。問題は、具体的な証拠の評価と認定であり、決定文を読む限りは、原々審や原審の決定より、本決定の説得力の方が勝っているのである。
  2. 2  一つのポイントは、原決定が重視したO鑑定の証明力を「決定的な証明力を有するものとまではいえない」とした最高裁の根拠にある。
      その論拠として、O教授は、I新旧鑑定が言及している情報を基に、Cの死体には鬱血、出血、死斑、血液就下等が認められないとしているが、この判断はI教授の鑑定結果を断定するものでしかなく、O教授の経験、知見、工夫等を勘案したとしても、その証明力には限界があるとしている点と、絞殺であっても鬱血がない(少ない)場合があるというP鑑定を踏まえ、死因を出血に関連するものと推定することはできないとした点が重要である。複数の鑑定意見をいかに総合するかは、非常に困難な問題であるが、法的な論理則を踏まえ「専門家の意見の合理的な調整」が図られなければならない。
      さらに最高裁は、O鑑定が、「I旧鑑定が切開していない部位に出血性ショックの原因があり得る」とする点について、単なる可能性を指摘したにすぎないとも評価し得るとしたのである。そして、O鑑定は、死体の広範な損傷状況について十分な説明をしているとはいい難く、想定した溝への転落以外にCの身体に外力が加えられた可能性を十分検討していないとも批判する。また、死体が堆肥中に埋没して体に相応の圧迫を受けていたことが死斑の発生にどのように影響するかに関し十分に考察されているかについて疑問が残るとし、また、「出血性ショックにより死に至る経過は、一般に、…時間単位以上の経過を要する。」としつつ、Cが死亡するに至るまでの具体的な時間経過については明確な判断を示していないことも指摘する。
      これらの最高裁の指摘は、詳細かつ具体的なものであり、説得的なものといえる。
  3. 3  そして、本件判断において決定的なのは、原決定が、O鑑定を根拠として、A、B及びDの各自白の信用性、G及びHの供述の信用性に重大な疑義が生ずることになるなどとした点への批判にある。確定判決を支える証拠の証明力について吟味を欠き、O鑑定を決定的な意味を持つ証拠であると過大に評価し、実質的な総合評価を行わずに結論を導いた点を厳しく批判したのである。
      具体的には、①O鑑定が、Cの死亡時期を示すものではないにも関わらず、G及びHがCを同人方に送り届けるよりも前に同人が死亡し、あるいは瀕死の状態にあった可能性があるとして、A、B及びDの各自白並びにEの目撃供述の信用性を否定するというのであれば、関係証拠から認められる前記の客観的状況に照らすと、Cの死体を堆肥中に埋めた者は最後に同人と接触したG及びH以外に想定し難いことになると批判した点である。しかし、同人らがCの死体を堆肥中に埋めるという事態は、最高裁の認定した本件証拠関係の下では全く想定できないといえよう。
      ②最高裁が、確定判決の認定の主たる根拠としてまとめた客観的状況を前提にすれば、少なくともCの死体を堆肥に埋めたことについては何者かが故意に行ったとしか考えられず、その犯人としてAらF家以外の者は想定し難い状況にあったといわざるを得ない。また、G及びHの各供述も、相互に支え合い、この推認の前提となっているのである。
      A、B及びDの知的能力や供述の変遷等に関して問題があるとしても、それらの信用性は認められよう。少なくとも、O鑑定によりこれらの各自白及び目撃供述に疑義が生じたとはいえないであろう。
  4. 4  たしかに、これまで全く登場してこなかった全く別の人物がCを堆肥中に埋めた可能性も皆無ではない。GないしHが埋めた可能性も、絶無ではないかも知れない。しかしそのような稀有な事情を根拠に、「疑わしきは被告人の利益に」を適用して処罰を否定することは、現行の刑事訴訟システムは、想定していない。白鳥決定以降の再審であっても、「合理的な疑いを容れる余地のない程度の立証」の有無が問われているのである。

(掲載日 2019年7月18日)

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