判例コラム
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第155号 ツイッター投稿における言動を理由とする裁判官の分限裁判 

~最高裁大法廷平成30年10月17日決定※1

文献番号 2018WLJCC031
広島大学大学院法務研究科 教授
新井 誠

はじめに

 本決定は、ツイッター上の自身の実名アカウントで、拾い犬の所有権をめぐる民事裁判に関連してツイートした東京高裁判事(以下、「本件判事」という。)が、懲戒を申し立てられ、最高裁にて戒告処分が出された事例である。被処分者である本件判事は、これまでもいくつかの注目される出来事によりマスコミで取り上げられてきている。本決定も広く報道され、世間の注目度が高い。
 裁判官の私人としての職務外行為を理由とする懲戒申立てである本件では、その行為が、裁判所法49条にいう(懲戒事由となる)「品位を辱める行状」にあたるか否かが問題となる。もっとも、これが表現行為であることで表現の自由保障(憲法21条1項)との関係においても検証が期待される。裁判官の分限裁判と表現の自由をめぐる従来の重要判例としては、裁判官による積極的政治運動が問題となった寺西判事補事件最高裁決定(最大決平成10年12月1日民集52巻9号1761頁・WestlawJapan文献番号1998WLJPCA12010001)が有名である。同事件では、裁判所法52条1号にいう「積極的に政治運動をすること」とは何かをめぐり比較的詳細な検討が、補足意見等を含めて行われた。他方、本件ではそうした検討がなされるわけではない。

1 事実の概要

 本件判事は、これまでツイッター上で自身の実名アカウントを用い、自身が裁判官とわかる書類の画像とともに、自身の裸や白ブリーフ着用の画像を掲載するなどし、口頭での厳重注意を受けてきた。その後、同アカウントで、特定の性犯罪事件に関する判決が掲載される裁判所ウェブサイトのURLとともに、被害者遺族の感情を傷つけると評価された一定の投稿をしたことを理由に、書面での厳重注意を受けた。
 以上の経緯があるなかで、平成30年5月17日頃、本件判事が、本件アカウントで自己の担当外の犬の返還請求等に関する民事訴訟をめぐる報道記事を閲覧できるウェブサイトにアクセスできる状態にし、「公園に放置されていた犬を保護し育てていたら、3か月くらい経って、もとの飼い主が名乗り出てきて、「返して下さい」え?あなた?この犬を捨てたんでしょ? 3か月も放置しておきながら・・裁判の結果は・・」というツイートをしたとされた。これが裁判所法49条にいう「品位を辱める行状」に当たるのではないかとされ、最高裁に懲戒(分限裁判)の申立てがなされた。

2 決定要旨

 「裁判官は、職務を遂行するに際してはもとより、職務を離れた私人としての生活においても、その職責と相いれないような行為をしてはならず、また、裁判所や裁判官に対する国民の信頼を傷つけることのないように、慎重に行動すべき義務を負っているものというべきである」。そして、裁判所法49条にいう「「品位を辱める行状」とは、職務上の行為であると、純然たる私的行為であるとを問わず、およそ裁判官に対する国民の信頼を損ね、又は裁判の公正を疑わせるような言動をいうものと解する」。
 本件判事は、「裁判官の職にあることが広く知られている状況の下で、判決が確定した担当外の民事訴訟事件に関し、その内容を十分に検討した形跡を示さず、表面的な情報のみを掲げて、私人である当該訴訟の原告が訴えを提起したことが不当であるとする一方的な評価を不特定多数の閲覧者に公然と伝えたものといえる」。「このような行為は、裁判官が、その職務を行うについて、表面的かつ一方的な情報や理解のみに基づき予断をもって判断をするのではないかという疑念を国民に与えるとともに、上記原告が訴訟を提起したことを揶揄するものともとれるその表現振りとあいまって、裁判を受ける権利を保障された私人である上記原告の訴訟提起行為を一方的に不当とする認識ないし評価を示すことで、当該原告の感情を傷つけるものであり、裁判官に対する国民の信頼を損ね、また裁判の公正を疑わせるものでもあるといわざるを得ない」。こうした「行為は、裁判所法49条にいう「品位を辱める行状」に当たるというべきである」。
 「憲法上の表現の自由の保障は裁判官にも及び、裁判官も一市民としてその自由を有することは当然である」ものの、「上記行為は、表現の自由として裁判官に許容される限度を逸脱したものといわざるを得ないものであって、これが懲戒の対象となることは明らかである。また、そうである以上、本件申立てが、被申立人(本件判事―筆者注)にツイッターにおける投稿をやめさせる手段として、あるいは被申立人がツイッターにおける投稿をやめることを誓約しなかったことを理由にされた不当なものということはできない」。
 本件判事は「本件ツイートを行う以前に、本件アカウントにおける投稿によって裁判官の品位と裁判所に対する国民の信頼を傷つけたなどとして2度にわたる厳重注意を受けており、取り分け2度目の厳重注意は、訴訟に関係した私人の感情を傷つけるものである点で本件と類似する行為に対するものであった上、本件ツイートの僅か2か月前であったこと、当該厳重注意を受ける前の事情聴取の際、被申立人は、訴訟の関係者を傷つけたことについて深く反省しているなどと述べていたことにも照らすと、そのような経緯があるにもかかわらず、本件ツイートに及んだ被申立人の行為は、強く非難されるべきものというほかない」(山本庸幸、林景一、宮崎裕子各判事による共同補足意見がある)。

3 検討

 (1)裁判官の表現行為と懲戒
 本決定のひとつの論点は、裁判官による(職務外の)表現行為を理由とする懲戒につき、憲法上の権利としての表現の自由保障(憲法21条1項)との関係でいかなる議論が展開できるのか、といったことにある。もちろん、あらゆる組織にとって保護されるべき利益を確保するため、当該組織の構成員の一定の言動を理由として、当該人物に対する懲戒を行うことが、憲法上一律に禁止されるわけではない。特に裁判官をめぐっては、その地位に伴う品位や公正性といった利益の確保についても十分な検証がなされなければならない。ただし、裁判官については憲法上の身分保障が手厚く、懲戒処分について上級裁判所での分限裁判が必要とされることから、そこでは、判断の慎重さに加えて、「判決」などと同様の論理的精緻さが求められることになろう。
 以上をふまえて本件を見た場合、これまでの判例や本決定が示してきたように、裁判所法49条にいう「品位を辱める行状」について、「職務上の行為であると、純然たる私的行為であるとを問わず、およそ裁判官に対する国民の信頼を損ね、又は裁判の公正を疑わせるような言動」を含むとすることについては一定の理解が及ぶであろう。もっとも本件では、純然たる私的行為でも裁判官による表現行為であることとともに、処分理由が、(ツイッター行為自体というより)その内容に関する規制となっている点に注意したい。この場合、「裁判官という身分の特殊性を考慮しても相当厳格な憲法適合性審査が求められるはず」(堀口悟郎「裁判官のツイートの自由」法セミ768号(2018年)124頁)だとの評価も見られる。そうなると当該処分の目的や手段につき、それ相応のやむを得ない理由があることを示すことや、寺西判事補事件のように一定の判断枠組みを示した検討が考えられる。しかし、本決定では、そうした審査手順を踏むことなく、「上記行為は、表現の自由として裁判官に許容される限度を逸脱したものといわざるを得ない」としており、そもそも表現の自由の保護領域からも外しているように読むことができる。
 後述のように、本件処分対象となる言動については、その内容をいかに評価すべきなのかという点で、最高裁と当事者の理解が分かれる。そこで、一概に本件のような発言が、表現の自由の保護領域から外れるのかどうかにつき応答することは難しい。もっとも、名誉毀損やわいせつ表現などとは違う一般的には許容される言動、あるいは事実的内容でありながら一定の評価を伴うように他者が見て予見される言動については、一般市民と裁判官との間で、その許容限度にどれほど違いがあるのか。また、一般人には通常許される言動を裁判官が行ったところで、どの程度、公正な裁判ができなくなるのか。これらの点は、原理的な検証が求められよう。これらを踏まえたうえで、当該発言についても、一応のところ表現の自由の保障の範囲内であるとして、その制約の正当性について改めて検証してもよいはずである。だが本件では、そうしたことをしていないのが特徴である。

 (2)本件発言行為の評価
 本決定で最高裁は、本件判事が行った発言につき、(A)「裁判官が、その職務を行うについて、表面的かつ一方的な情報や理解のみに基づき予断をもって判断をするのではないかという疑念を国民に与える」とともに、(B)「上記原告が訴訟を提起したことを揶揄するものともとれるその表現振りとあいまって、裁判を受ける権利を保障された私人である上記原告の訴訟提起行為を一方的に不当とする認識ないし評価を示すことで、当該原告の感情を傷つけるもの」との評価をした。そして、(A)が「裁判官に対する国民の信頼を損ね」に、(B)が「裁判の公正を疑わせるもの」に、それぞれ対応する。この点、特に後者の(B)をめぐっては、本決定「2 懲戒の原因となる事実」が(判事のツイッターへの)「投稿…をして、上記訴訟を提起して犬の返還請求が認められた当事者の感情を傷つけた」としていることを受けて、「4 判断」(2)では、「本件アカウントにおいて、公園に置き去りにされた犬を保護して育てていた者に対してその飼い主が返還等を求める訴訟を提起したことについて、この行動と相いれないものとして上記飼い主の過去の行動を指摘」したとする。
  もっとも、その訴訟提起が、「この行動と相いれない」と本件判事自身が評価したのかどうかを判断することは、文面を一瞥するだけでは難しいようにも思える。この点に関しては、本決定で、当該判決の原告による東京高裁への訪問とその場での抗議につき言及されていることに注目したい。すなわち本決定は、処分対象となっている本件判事が訴訟提起を不当と考えているのかどうかという(本件判事の)主観的評価ではなく、訴訟提起自体が不当であると原告が感じとった以上、原告の主観的「感情を傷つける」行為が裁判の公正性を疑わしめるものになっている点に、判断の重心を置いたようにも読める。この点、表現者の主観的評価と対象者との主観的評価との間に関する判断者の慎重な検討が求められるところであるが、そのあたりの明示的論証が必ずしも十分でないように感じられる。

 (3)以前の厳重注意との関係―補足意見の意味を含めて
 本決定では、以前の2回に及ぶ厳重注意が直接的処分理由にはなっていないが、そうした経緯があったことが判断に大きな影響を与えている。もっとも、この点について多数意見は、「本件アカウントにおける投稿によって裁判官の品位と裁判所に対する国民の信頼を傷つけたなどとして2度にわたる厳重注意を受けており、取り分け2度目の厳重注意は、訴訟に関係した私人の感情を傷つけるものである点で本件と類似する行為に対するものであった」とする。また、補足意見も、「被申立人は、厳重注意措置の対象となった過去の投稿に係る一事不再理を主張する。しかしながら、本件の処分理由は、過去の行為そのものを蒸し返して再度問題にするものではない。そうではなくて、過去2回受けた厳重注意と、特に、2度目の厳重注意を受けた際の反省の弁にもかかわらず、僅か2か月余りが経過したばかりで同種同様の行為を再び行ったことを問題としている」との見解を示している。
 しかし、この点については、「本件と類似する行為」あるいは「同種同様の行為」を「再び行った」のかどうかという評価もさることながら、特に補足意見の議論からすれば、理由がどうであれ、僅かな規律違反を単一でしただけで、それ自体が戒告処分事由とされてしまう可能性は秘めている。こうした論理立てでよいのかどうか。この点に対する批判はあるだろう。

おわりに

 本件処分に対しては決定後も様々な意見が示されており、法曹関係者からの戒告処分に対する批判も強く見られる一方で、処分を妥当とする見解も見られるようである。
 裁判官の市民的自由をめぐる問題は、かねてより日本における大きなテーマの一つであった。おそらく本件判事自身も、裁判官の市民的自由がどの程度まで確保されるべきかという問題意識をふまえた上で、こうしたツイッター等による見解の発信を行ってきたのではないかと推察される。そうしたなかで本件処分自体の妥当性判断はおいておいたとしても、必ずしも十分とはいえない論証構成のなかで、本件処分のように事例が処理されていくことになれば、今後の裁判官の市民的自由の行使にも少なからず影響が及ぶであろう。そして、ツイッターというコミュニケーションツールによる言動が理由とされる本件処分のような事態が起きると、以降、その内容に関係なくして、裁判官自体がツイッターを含むあらゆるSNSからのログアウトまたは脱退という事態が生じないかどうかが懸念される。それは現代における裁判官にとってふさわしいことなのか。
  本決定は、現代社会における裁判官と人々の間のコミュニケーションのあり方を考える上で重大な問題を提起したものとなっている。


(掲載日 2018年12月21日)

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