判例コラム
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第145号 会社法174条以下の「相続人等に対する売渡しの請求」に基づく株主としての地位の移転の時期 

~札幌地裁平成29年8月21日判決※1及び札幌高裁平成30年1月30日判決※2

文献番号 2018WLJCC021
アンダーソン・毛利・友常法律事務所 弁護士
龍野 滋幹

1.はじめに

 会社法174条以下の「相続人等に対する売渡しの請求」の制度は、中小企業の代表者の死亡等に起因する経営の承継がその事業活動の継続に悪影響を及ぼすことを防ぐことを目的として設けられた。すなわち、株式会社が、その発行する株式の譲渡による取得について、当該株式会社の承認を要する旨の譲渡制限の定めを置いた場合であっても、これによって、相続、合併等の一般承継による株式の移転は制限されないが、当該株式会社が株式の譲渡制限を定める趣旨に鑑み、当該株式会社において、相続等により株式を取得した者が、当該株式会社の株主として権利行使することを望まない場合に、定款の定めにより、その者に対して株式の売渡しの請求をし、それによって当該株主の同意なく当該株式会社において、その株式を取得できるようにした制度である。請求を受けた株主は、売買価格について、当該株式会社と協議をするか、請求があった日から20日以内に、裁判所に対し、売買価格の決定の申立てをするのかいずれかとされているが(同法177条1項、2項)、株主としての地位の移転が売渡請求がなされた時点に生じるか売買価格が決定する時点に生じるかが会社法上明らかではないため、その点が主として争われたのが本件であり、判決は地裁、高裁ともに売渡請求がなされれば、その時点で売渡請求の相手方は株主としての地位を失うと解するのが相当と判断した事案である。

2.事案の概要と主たる争点

  1.  (1) 本件は、平成28年10月21日に開催された株式会社である被告の第49期定時株主総会においてなされた各決議(以下、これらの各決議を併せて「本件各決議」という。)について、原告らが、被告の株主の地位にあることを前提として、本件各決議は、定足数を充たさないまま決議されたものであるから、本件各決議の方法は法令に違反すると主張して本件各決議の取消し等を求めた事案である。
  2.  (2) 被告は、その定款に、相続その他の一般承継により株式を取得した者に対し、当該被告株式を売り渡すよう請求することができることを定めていたが、被告の株主でもあった被告の代表取締役は、その死亡に際して、原告らを含む者らに遺言により被告株式を相続させた。
     被告は、平成27年9月4日、臨時株主総会において、原告らに対し、相続により取得した被告株式の全部を売り渡すよう請求することを決議し、同月27日までに、同月25日付け株式売渡請求書を原告らに送付して、各々に対し、相続させる遺言により取得した被告株式を1株当たりの買取金額10万円で売り渡すよう請求した。
     被告からの当該売渡請求に対しては、株式売買価格決定申立事件が適法に申し立てられ、判決時点において係属中であった。
  3.  (3) 原告らは、被告から原告らに対し、株式売渡請求がなされたが、売買契約の成立には、売買価格の決定が必要であり、株式売渡請求も売買価格の決定を停止条件とする形成権と考えるべきであり、本件では、未だ協議によっても、裁判所の決定によっても売買価格は決定されていないから、原告らと被告間には売買契約が成立しておらず、原告らは株主の地位を失っていないことを前提として、本件各決議は、定足数を充たさないまま決議されたものである旨主張した。
     本件での主たる争点は、会社法174条以下の「相続人等に対する売渡しの請求」が行われた場合に、いつ株主としての地位が移転するか、である。

3.争点に関する判断

  1.  (1) 原審においては、会社法174条以下の「相続人等に対する売渡しの請求」の趣旨を述べたうえで、この株式売渡請求については、当該株式会社はいつでも売渡請求を撤回することができるとされ(同法176条3項)、請求を受けた株主は、売買価格について当該株式会社と協議をするか、請求があった日から20日以内に、裁判所に対し、売買価格の決定の申立てをするのかいずれかとされているが(同法177条1項、2項)、当該株式会社が株式売渡請求をした後、売買価格について協議が整うまでの間、あるいは裁判所が当該株式会社の資産状態その他一切の事情を考慮して売買価格を決定するまでの間(同法177条3項)、売渡請求の相手方を株主として扱い、株主としての権利行使を認めなければならないとしたのでは、上記制度趣旨に反する結果を招くことになるから、売渡請求がなされれば、その時点で売買契約が成立したものとみなし、相手方は株主としての地位を失うと解するのが相当であるとした。
     また、原告らは、売買契約の成立には、その要件として売買価格の決定が必要であり、株式売渡請求も売買価格の決定を停止条件とするものと解釈されるべきであり、売買価格の決定がない以上、売買契約は成立せず、原告らは株主としての地位を失っていないと主張したが、会社法の定め方からすると、株式売渡請求の制度は、財産権を移転し、代金を支払うものではあっても、民法555条が定める通常の売買と同視すべきものではなく、売渡請求によって相手方は株主としての地位を失い、その後それを填補するものとして、売買価格についての協議、決定、支払がなされることを予定したものと解するのが合理的であるとして、原告らの主張を排した。
  2.  (2) 控訴審においても、そもそも通常の合意に基づく売買契約においても、代金額が具体的に定まっていないことは必ずしも売買契約の成立の妨げになるものではない上、原審のとおり、通常の合意に基づく売買契約と会社法所定の手続を経て売買価格の決定等がされていく売渡請求による売買契約とを同視すべきものとはいえないのであって、売渡請求時において代金額が具体的に定まっていないからといって、同請求の法的性質を売買価格の決定を停止条件とする形成権と解さなければならないとする根拠となるとはいえず、むしろ、会社法177条3項は、裁判所が売買価格を決定するには、売渡請求の時における株式会社の資産状態その他一切の事情を考慮するものとし、売渡請求時における価格を定めるものとしているのであるから、売渡請求時に売買契約が成立すると解するのが同項にも整合的であるとした。また、売買価格が決定するまでの間、売渡請求の相手方を株主として扱わなければならないとした場合、中小企業の事業の継続に悪影響を及ぼすことを防ぐことを目的として立法された会社法174条以下の「相続人等に対する売渡しの請求」の制度の趣旨に反する結果となることは原審のとおりであって、その制度趣旨からみても、売渡請求をもって売買契約が成立したものとみなし、売渡請求の相手方は株主としての地位を失うと解するのが相当であるとした。
     また、控訴人(原審原告)らは、会社法176条3項において、株式会社は、いつでも、同条1項の売渡請求を撤回することができるとされているところ、同売渡請求によって売買契約が成立するとすれば、当事者の一方の意思表示による撤回は不可能となるはずであるから、このような解釈は同条3項の規定と矛盾すると主張したが、会社法176条3項は、株式会社のイニシアティブをもって行われる売渡請求の制度において、広く株式会社に対し売渡請求の撤回権を認めたものと解されるところ、売渡請求という形成権の行使によって売買契約が成立すると解したとしても、撤回権の行使によって売買契約は遡及的に効力を失い、売渡請求の相手方は株主たる地位を回復すると解されるのであって、このような解釈が不可能であるなどといえるものではないし、同条3項に矛盾するものであるともいえないと判示した。

4.考察

 近時急増しているベンチャー投資においても、個人である経営者株主が死亡した場合等において相続人が株主として対象会社の経営に参画することは予定されていないことから、対象会社の定款において会社法174条以下の「相続人等に対する売渡しの請求」にかかる規定を設けることは通常のプラクティスになっている。また、事業承継M&A案件においてオーナーが一定の株式を継続保有して対象会社の経営へのサポートを行うような場合であっても、やはりその相続人が対象会社に関与することは買収者にとって望んでいない事態であることから、相続人等に対する売渡しの請求を定款に設けることが通常であろう。
 もっとも、本判決が出されるまで、会社法174条以下の「相続人等に対する売渡しの請求」が行われた場合に、株主としての地位が移転する時期が売渡請求がなされた時点か売買価格が決定する時点か(又は売買価格が支払われた時点か)、については、前者、後者それぞれ主張されており、見解が確立されているといえる状況には至っていなかった。
 すなわち、売渡請求が形成権であることなどを理由として売渡請求がなされた時に会社は株式を取得すると解し、本判決と結論を同じくする見解が存在していた。
 これに対し、株主たる地位の移転時期(又は売買契約の成立時期)を売買価格の決定時や売買代金の支払時と解する見解は、それが当事者の合理的意思解釈に合致するということを理由とするもの、会社はいつでも売渡請求を撤回することができるものであるから売渡請求がなされた時点で売買契約が成立するとする実益は乏しいとするもの、株式の買取りには分配可能額規制が適用されることを理由とするものとさまざまあった。
 この点、本判決は、会社法174条以下の「相続人等に対する売渡しの請求」の趣旨を重視して、売買価格が決定されるまでの間(同法177条3項)、売渡請求の相手方を株主として扱い、株主としての権利行使を認めなければならないとしたのでは、上記制度趣旨に反する結果を招くとして、売渡請求がなされれば、その時点で相手方は株主としての地位を失うと判断した。
 これに関連して、組織再編等における反対株主の株式買取請求にかかる買取りの効力発生日に関する会社法の平成26年改正は参照に値すると思われる。平成26年改正前会社法下では、株式買取請求権を行使した株主が買取代金の支払を確実に受けることができるよう同時履行の関係を定めるため、買取りの効力は当該株式の代金の支払の時に生じるとされていた。しかし、裁判所における価格決定手続は1年以上かかることも珍しくなく、価格決定に関する手続期間中も株主としての地位を保有し続け議決権等を行使できると解される余地があるなどの指摘があったことを踏まえ、平成26年改正会社法においては、反対株主による株式買取請求にかかる買取りの効力発生日は、組織再編等の効力発生日に統一された。相続人等に対する売渡しの請求は会社側から行われるものであること、組織再編等の効力発生日に相当する概念があるわけではないことから、上記改正の経緯がそのまま本件議論に妥当させることができるものではないものの、価格決定に関する手続期間が長期にわたった場合に株主としての地位を保有し続け議決権等を行使できることを問題視する点は、特に相続人等に対する売渡しの請求のようにまさしくそのような事態の発生を排除するための制度においては重視すべき価値判断であろう。その観点からも、本判決は妥当な結論を導いたのではないかと思われる。
 上記のとおり、本論点は従前より議論が分かれていたものであり、本判決は高裁レベルでの判決ではあるものの、実務に一定の影響があると思われる。なお、判決は、売買契約の成立の時期が売渡請求の時点であることをもって直ちに株主としての地位の移転が同時点で生じることとしているが、契約の成立によって直ちに株主としての地位の移転を生じさせるものとは限らず、通常のM&A契約のように契約の成立(サイニング)と株主としての地位の移転(クロージング)が別の時点となることもよくあるのであるから、判示の当該部分は株主としての地位の移転の時期を直接論じるべきであったと思われる(ただし、結論が変わるものではないと考えられる。)。


(掲載日 2018年8月27日)

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