判例コラム
判例コラム

 

第143号 第1審の犯人性の認定を覆す「論理則、経験則に照らした不合理性」 

~最高裁第二小法廷平成30年7月13日判決 強盗殺人被告事件※1

文献番号 2018WLJCC019

日本大学大学院法務研究科 教授
前田 雅英

Ⅰ 判決のポイント

 本件は、ホテル事務所内で支配人が襲われ現金が奪取された強盗殺人(第1審認定・殺人、窃盗)被告事件について、第1審判決(裁判員裁判)※2が被告人の犯人性の推認の根拠とした間接事実の評価(犯人像等)には一部論理則・経験則に照らして不合理な点があり、また、事件翌日に被告人が入金した被害金と金額・金種が近似する230枚の千円札の入手経路についての被告人供述を虚偽として排斥することもできず、結局、被告人が犯人であることを示す事情は、被告人に犯行の機会があったということしかなく、犯罪の証明が十分ではないとして、第1審判決を事実誤認により破棄し、被告人を無罪とした控訴審※3を、「全体として、第1審判決の説示を分断して個別に検討するのみで、情況証拠によって認められる一定の推認力を有する間接事実の総合評価という観点からの検討を欠いており、第1審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることを十分に示したものと評価することはできない」としたものである。
 判例は、「控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには、第1審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要である」としている(最一小判平成24年2月13日・刑集66-4-482、Westlaw文献番号2012WLJPCA02139001)。本件は、「控訴審は、第1審判決の事実認定について、論理則、経験則等に照らして不合理な点があることを十分に示したものとは評価できない」と判示した。

Ⅱ 事実の概要

 本件の公訴事実(訴因変更後)の要旨は、被告人は、平成21年9月29日午後9時40分頃、Y市所在のホテル(以下「本件ホテル」という。)新館2階事務所(以下「本件事務所」という。)において、金品を物色するなどしていたところ、同ホテル支配人A(当時54歳)に発見されたことから、金品を強取しようと考え、同人に対し、殺意をもって、その頭部を壁面に衝突させ、頸部をひも様のもので絞め付けるなどしてその反抗を抑圧し、同所にあった同人管理の現金約43万2910円を強取し、その際、前記暴行により、同人に遷延性意識障害を伴う右側頭骨骨折、脳挫傷、硬膜下血腫等の傷害を負わせ、よって、平成27年9月29日、前記遷延性意識障害による敗血症に起因する多臓器不全により同人を入院中の病院で死亡させて殺害したというものである。
 第1審判決は、強盗の故意を否定して殺人罪及び現金約26万8000円の窃盗罪を認定し、被告人を懲役18年に処した。被告人の犯人性が争われたが、①本件の犯人は、二百数十枚の千円札を含む約26万8000円の現金を奪取したと認められるところ、被告人は、本件発生から約12時間後、ATMから自分名義の預金口座に230枚の千円札を入金しており、この事実は、特段の事情がない限り、被告人が本件の犯人であることを強く推認させるとした。そして、②被告人の、「入金した千円札は、集金等の際に、ドロワー現金(客室の自動精算機の不具合・釣銭不足に備えてフロントのレジで保管されていた千円札約40枚を含む5万円程度の現金)の千円札が不足することに備え、自分の一万円札を本件ホテルのスロット機の売上げで得た千円札と両替するなどして貯めたものである」との供述は不合理であって信用できない。
 ③被告人には本件犯行に及ぶ機会があり、④本件事務所は、本件ホテルの内部構造を知らない者にとってはアクセスしにくい場所であり、本件ホテルの内部構造や施錠状況等に関する知識があった被告人は、これらの間接事実等から推認される犯人像に合致する。
 ⑤被告人が本件直後に県外へ移動し、妻や交際相手との音信を絶ち、警察官からの出頭要請を無視していたという一連の行動は、本件による検挙を恐れての逃走と評価でき、⑥被告人以外の本件ホテルの従業員が本件犯行を行った可能性は認められないという事実関係が同時に存在することについては、被告人が犯人であると考えなければ合理的な説明がつかない。よって、被告人が本件の犯人である。
 第1審判決に対し、検察官は強盗殺人罪の成立を否定して殺人罪及び窃盗罪を認定した点の事実誤認を理由に、弁護人は被告人を殺人罪及び窃盗罪の犯人と認定した点の事実誤認等を理由に、それぞれ控訴したところ、原判決は、検察官の控訴趣意について検討することなく、弁護人の控訴趣意をいれ、第1審判決を破棄し、被告人に対し無罪の言渡しをした。すなわち、第1審判決が被告人の犯人性の推認の根拠とした間接事実の評価(犯人像等)には一部論理則・経験則に照らして不合理な点があり、また、事件翌日に被告人が入金した被害金と金額・金種が近似する230枚の千円札の入手経路についての被告人供述を虚偽として排斥することもできず、結局、被告人が犯人であることを示す事情は、被告人に犯行の機会があったということしかなく、犯罪の証明が十分ではないとしたのである。
 これに対し、検察官が上告した。

Ⅲ 判旨

 最高裁は、「原判決は、第1審判決の事実認定について、論理則、経験則等に照らして不合理な点があることを十分に示したものとは評価できない」として、原判決を破棄した。
 第1審判決は、上記①から④の事情を中心に、⑤⑥の諸事情も総合考慮して、被告人が本件の犯人であると結論付けたものと解されるのに対し、原判決は、「全体として、第1審判決の説示を分断して個別に検討するのみで、情況証拠によって認められる一定の推認力を有する間接事実の総合評価という観点からの検討を欠いている」としたのである。

  1.  (1) 原判決は、「被告人が所持していた230枚の千円札が被害金そのものであることを裏付ける直接証拠はないこと、被告人が犯人であることの立証責任は検察官にあることに鑑みれば、その入手経路に関する被告人の弁解の信用性にある程度の疑問があっても、これを虚偽として排斥しきれない以上、被告人を犯人と認定することはできない。」として、第1審判決が「このような大量の千円札を持ち合わせることは通常ないと考えられることも併せると、被告人が、偶然に、本件とごく近接した時間帯にこれらの千円札を所持し、入金したとは考え難く、この事実は、特段の事情がない限り、被告人が本件の犯人であることを強く推認させる」とした第1審判決の判断枠組みは、無罪推定の原則に反するとした。
     さらに、第1審判決が「入金した千円札は、集金等の際にドロワー現金の千円札が不足することに備え、自分の一万円札を本件ホテルのスロット機の売上げで得た千円札と両替するなどして貯めたものである」旨の被告人供述は信用できないとした点についても、被告人の供述を虚偽として排斥することはできないとして、第1審判決には事実誤認があるとした。
  2.  (2) これに対し最高裁は、「日常生活において、230枚もの千円札を持ち合わせることが通常ないことは第1審判決が指摘するとおりであって、本件犯人が本件ホテルから二百数十枚の千円札を盗み、その約12時間後である金融機関の開店直後の時間帯に、被告人が230枚の千円札をATM…で入金しているという客観的事実は、それ自体、これらの千円札の同一性、ひいては被告人の犯人性を相当程度推認させる事情となり得るはずであるが、原判決がそのような観点からこれらの事情を検討した形跡は判文上うかがえない。これらの客観的事実による推認力は、被告人が230枚の千円札を本件とは別の事情から有していた可能性との兼ね合いで判断されるべきものであって、第1審判決の「特段の事情がない限り、被告人が本件の犯人であることを強く推認させる」旨の説示は、推認力の程度を示すものとしてはいささか強いきらいはあるが、第1審判決は、被告人が説明する千円札所持の経緯に関し、当事者双方の主張立証を踏まえて検討した上で信用性を否定し、さらに、他の間接事実をも総合考慮した上で被告人が犯人であると結論付けていることが判文上明らかであって、それらを全体としてみれば、第1審判決の判断枠組みが無罪推定の原則に反するとの原判決の指摘は当を得ない」とした。
  3.  (3) また、最高裁は、第1審判決は、千円札所持の経緯に関する被告人の説明について、①被告人が、ドロワー現金の両替・補充等のため、個人的に大量の千円札を所持しておく必要があったとは考え難いこと、②業務のため大量の千円札が必要であったと言いながら、事件直後になって突然千円札を手放した理由につき合理的な説明もなく、③被告人は、自宅の借地代や公共料金の滞納を続けるなどの状況にあり、20万円超の小遣いを貯め込んでいたということ自体が相当に疑わしい、といった理由から信用できないとしたものである。これに対し、原判決は、第1審判決の説示を分断し、被告人の説明の信用性が否定できない理由をほとんど示さないまま、被告人の説明によれば第1審判決の判断は不合理であるなどと結論付けている部分が見受けられ、被告人供述の信用性を否定した第1審判決の前記判断が不合理であることを具体的に示したものとは評価できないとした。
  4.  (4) また、原判決は、「被告人には本件犯行に及ぶ機会があった」という事実のみで被告人が犯人であると推認できないことは明らかであるとしているが、第1審判決が認定した事実関係によれば、被告人は、午後9時13分頃には本件ホテル付近に到着し、午後10時頃に本件ホテルでCと出会うまでの40分間以上にわたり、本件ホテル付近にいたというのであるから、このことは、(2)(3)の事情ともあいまって、その頃に本件ホテルで発生した本件への被告人の関与を相当程度推認させる事情となり得るはずであるが、原判決がそのような観点からこれらの事情を総合考慮した形跡も判文上うかがえない。
  5.  (5) その上で最高裁は、結論として、「原判決は、全体として、第1審判決の説示を分断して個別に検討するのみで、情況証拠によって認められる一定の推認力を有する間接事実の総合評価という観点からの検討を欠いており、第1審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることを十分に示したものと評価することはできない」としたのである。

Ⅳ コメント

  1.  (1) 最大判平成23年11月16日(刑集65-8-1285、Westlaw文献番号2011WLJPCA11169001)は、裁判員制度は「国民の視点や感覚と法曹の専門性とが常に交流することによって、相互の理解を深め、それぞれの長所が生かされるような刑事裁判の実現を目指すものということができる」としている。この点は、今も変わらない裁判所の「基本」であろう。
     本件で問題とされた「論理則、経験則」も、これまでの判例の蓄積を踏まえつつ、裁判員裁判によって形成された「国民の感覚と専門性の交流」をも踏まえたものでなければならない。
  2.  (2) そこで、本件も引用している最一小判平成24年2月13日(刑集66-4-482、Westlaw文献番号2012WLJPCA02139001)は、「論理則、経験則等に照らして不合理な点があることを具体的に示せない限り」、控訴審は裁判員裁判の判断を「尊重」すべきだとした。法曹という専門家集団の中核である高等裁判所に対し、「裁判員裁判の結論が、ピンポイントで正しいか否か」ではなく、「許容し得ないほどの不合理性があるか」を判断するよう要求したのである(前田雅英「薬物密輸事犯の故意の認定と経験則」捜査研究757-9参照)。
     なお、裁判員裁判制度が安定的に定着する中で、「従来からの専門法曹の判断の蓄積」を重視する動きも見られないことはない。たとえば最一小判平成26年7月24日(刑集68-6-925、Westlaw文献番号2014WLJPCA07249002)は、裁判員裁判の量刑判断について、「これまでの傾向を変容させる意図を持って量刑を行うことも、裁判員裁判の役割として直ちに否定されるものではない」としつつ、量刑判断の基準を変更するのであれば「従来の量刑の傾向」を修正するだけの事情の存在について、具体的、説得的に判示されるべきであるとしている(前田雅英「裁判員裁判の導入と量刑」捜査研究763-30~41参照)。
  3.  (3) いずれにせよ、事実認定に関しても、「論理則・経験則に照らして不合理である」という範囲を、裁判員裁判を前提に、具体的に判断していかねばならず、本件の判断はその点で、非常に重要な意味を有する。
      本判決で最も重要なのは、最高裁が、「原判決は、全体として、第1審判決の説示を分断して個別に検討している」としている点である。すなわち、高裁の判断で欠けていたのは、「情況証拠によって認められる一定の推認力を有する間接事実の総合評価という観点」であるとした点である。
  4.  (4) この点で想起すべきなのが、最三小判平成22年4月27日(刑集64-3-233、Westlaw文献番号2010WLJPCA04279001)である。同判決は、間接証拠による立証に関し「直接証拠がないのであるから、情況証拠によって認められる間接事実中に、「被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない事実関係」が含まれていることを要するものというべきである」と判示した。この趣旨は、1個の間接事実中に「被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない事実関係」が含まれていることを要するということではない。多数の事実を総合判断した評価として「被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない」と言い得ることを求めているのである。「決め手となる1個の事実の存在を要件とする」というのであれば、「複数の間接事実の総合評価」による立証を否定することになる(前田雅英「薬物事犯における故意の認定」捜査研究725-13参照)。
  5.  (5) この点、本件原判決は、被告人が所持していた230枚の千円札が被害金そのものであることを裏付ける直接証拠はないこと、被告人が犯人であることの立証責任は検察官にあることに鑑みれば、その入手経路に関する被告人の弁解の信用性にある程度の疑問があっても、これを虚偽として排斥しきれない以上、被告人を犯人と認定することはできないとしたのである。
      たしかに、「それだけで犯人性を基礎付ける事実関係」とはいえないが、最高裁の指摘するとおり、230枚もの千円札を持ち合わせることは通常なく、その約12時間後である金融機関の開店直後の時間帯に、被告人が230枚の千円札をATMで入金しているという客観的事実は、それ自体、これらの千円札の同一性、ひいては被告人の犯人性を相当程度推認させる事情なのである。
     もちろん、それだけで有罪とするならば、「無罪推定の原則に反する」との原判決の批判も理解し得るが、他の事情を総合すれば、十分に犯人性を基礎付け得るように思われる。
  6.  (6) 原判決は、その入手経路に関する被告人の弁解の信用性に関しても、「ある程度の疑問があっても、これを虚偽として排斥しきれない」として、「信用性」を認めるように見える。
     しかし「虚偽として排斥しきれない」からといって、第1審が認定した、①被告人は個人的に大量の千円札を所持しておく必要があったとは考え難いこと、②大量の千円札が必要であったと言いながら、事件直後になって突然千円札を手放した理由につき合理的な説明が欠け、③被告人の経済状態からは、20万円超の小遣いを貯め込んでいたということも相当に疑わしい点は、犯人性の認定を補強する事情には一切なり得ないのであろうか。虚偽として排斥しきれなくとも、疑わしい主張があれば、犯人性を推認させる事情とはいえるのである。原判決が、「第1審判決の説示を分断して個別に検討」したとの最高裁の指摘は、妥当なものである。
  7.  (7) 原判決の、「分断して個別に検討した例」は、第1審の「被告人には本件犯行に及ぶ機会があった」という事実の扱いにも顕れている。(5)(6)で指摘した点と併せて考えれば、本件への被告人の関与を相当程度推認させる事情となり得るはずであるが、総合考慮はなされていないと指摘されたのである。
     本判決で最高裁が強調した「情況証拠によって認められる『一定の推認力を有する間接事実』の総合評価という観点」は、裁判員裁判においても重要であり、本件第1審の裁判員裁判においても、有効に機能したと思われる。

(掲載日 2018年8月6日)

» 判例コラムアーカイブ一覧