判例コラム
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第67号 JR認知症事故訴訟の最高裁判決※1を受けて 

文献番号 2016WLJCC005
細野法律事務所
弁護士 細野 敦

認知症の患者が徘徊をして、線路内に立ち入り、その結果、列車衝突事故を惹き起こして鉄道会社(JR東海)に損害を生じさせたという事案につき、最高裁は、認知症患者の妻や介護体制を主導した長男が民法714条にいう「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に直接該当しないうえ、法定の監督義務者に準ずべき者にも該当しないとして、事故を起こした認知症患者の家族に責任がないとの判断を下した。

すでに、昭和58年2月24日、最高裁は、他人に傷害を負わせた精神病患者の両親の損害賠償責任を否定する判決で、「民法714条の法定の監督義務者又はこれに準ずべき者として同条所定の責任を問うことはできないとした原審の判断は、正当として是認することができる」※2との事例判断を示していたが、今回の判決は、法定の監督義務者に該当しない者であっても、責任無能力者との身分関係等に照らし、第三者に対する加害行為の防止に向けて責任無能力者の監督を現に行い、その態様が単なる事実上の監督を超え、監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には法定の監督義務者に準ずべき者として、民法714条1項が類推適用されるとの解釈をあらためて明示した。そして、精神障害者に関し、法定の監督義務者に準ずべき者に当たるか否かにつき、監督義務者に当たるかどうかが問題になっている者自身の生活状況や心身の状況のほか、精神障害者との親族関係の有無・濃淡、同居の有無その他の日常的な接触の程度、精神障害者の財産管理への関与の状況など精神障害者との関わりの実情、精神障害者の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容、監護や介護の実態など諸般の事情を総合考慮して、精神障害者を現に監督しているか、あるいは、監督することが可能かつ容易であるなど衡平の見地から精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか否かという観点から判断すべきであるとの判断基準を示した。その上で、最高裁判決は、高齢で自身も介護認定を受けている妻や、介護に関する話合いに加わる等していたが、事故まで20年以上も父親と同居していなかった長男も、第三者に対する加害行為を防止するために監督することが可能な状況にあったということはできず、監督を引き受けていたとみるべき特段の事情があったとはいえないとして民法714条の責任を否定した。

今回の最高裁判決は、諸般の事情を総合考慮し、「衡平の見地」から精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか否かという基準を示していることから明らかなとおり、高度高齢化社会を迎え、介護福祉政策の面で特別養護老人ホームなど行政による認知症患者の受容れ態勢等がいまだ十分に整っておらず、在宅介護の比重が大きい現状や、介護離職、老老介護等による認知症患者の世話をする介護者の負担の重さが社会問題化している日本の現在の介護事情を十分に考慮し、認知症患者を介護している者に過大な負担が及ばないよう周到に配慮しているのが大きな特徴といえるであろう。そして、実際にも、徘徊による線路内への立ち入りというようなことが生じることまで具体的に予見して、常に患者を監視して徘徊を具体的に防止することまで求めるのは酷であるから、介護者の責任を否定した結論は極めて妥当である。岡部喜代子判事及び大谷剛彦判事が、意見※3の中で、長男につき法定の監督義務者に準ずべき者に当たるとしながら、長男のとった徘徊行動防止体制が一般通常人を基準とすれば相当なものであるとして、監督義務を怠らなかった旨判示し、結局、介護者の責任を否定しているのも、日本における介護の社会問題性を十分に考慮したものであると考えられる。

逆に、本件のような認知症患者の問題としては、例えば、認知症の治療をしている人が、車を運転して交通事故を起こして人を死亡させたような事件、また、認知症患者が火事を起こして隣家まで焼失させたような事件が実際に起こっており、認知症患者による加害行為の危険性は決して他人事でも、非日常的でもないという面もある。その観点からは、一律に認知症患者の介護者に法定の監督義務者に準ずべき者としての責任を負わせられないのでは、被害者保護に欠けるというような場合もあるであろう。今回の最高裁判決が、法定の監督義務者に準ずべき者に該当するか否かにつき、様々な事情を総合考慮して、「衡平の見地から」判断するとし、認知症患者がどのような危険行為を行ったか、介護者がどのような対応をしていたか、という個別事情で責任の有無を判断すべき余地を残したのは、その意味で、今後の裁判実務で、ケースバイケースにより適切妥当な解決を図ることを志向したものに他ならないといえる。

本判決の結論を過度に一般化して解釈することは適切ではなく、あくまで、個別事案における加害行為の態様、介護者の対応等で法定の監督義務者に準ずべき者としての責任の有無が判断されることとされたのは、損害の公平な分担を精神とする不法行為制度の趣旨からして当然のことであろう。

(掲載日 2016年3月3日)

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